SAKURAの春

クイーンズランド州ブリスベンのダウンタウン、日本料理店SAKURAに漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。その失意と熱意と成長を描く物語。

 文化の壁、経営の壁、そして自己実現の壁。どう乗り越えるのか。人生針路と経営改革のヒントを“マーケティング・エンターテイメント”でつつみます。まずプロローグの始まりは、青いグレートバリアリーフの下端、南都ブリスベンではなく“灰色の海の町、新潟”から。

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 この物語は、書き手(経営コンサルタント兼ライター兼ウェブサイトビジネス運営者)が四半世紀以上昔、ワーキングホリデーの第一期生として、日本から遠く離れた南の国、オーストラリアを旅した実話に基づいています。

 単なるノスタルジーではなく、いつの時代でも通じる“自分探し・社会と自分の葛藤・きづき、そして人間の成長”を描きます。

 単なるロマンではなく、避けては通れない経済的な自立をめざす“マーケティング・エンターテイメント”として描きます。

 単なる日記ではなく、わたし自身のここまでの“社会人生の決算”として描きます。

 そんな観点からお楽しみいただければ。いつか一冊の本にまとめたい。

【 1】プロローグ 1/2**********************

  床一面に何十枚ものレコードジャケット。ビニールを脱がされて裸になったジャケット。中身がはみだして黒い半円が顔を出すジャケット。仰向けにひっくり返って息をしているかわからないジャケット。踏まずに部屋に立ち入るには、飛び石を渡るように隙間の床を跳躍するしかない。訪問者は迷いつつ玄関で靴を脱いだ。部屋の主は、台所でカップをこすり洗いながら言った。

 「踏んづけていいですから」

 踏んづけるって?レコードを?そうはいかない。訪問者は足元の数枚を重ねながらつぶやいた。踏んづけても、あんがいキズつかないのかもしれない。むしろ社会というターンテーブルに乗らせられて、イヤおうなく回され、針を落とされる方がよほどキズつくのだ。飛び石のレコードの中に、気になる一枚があった。

 「好きヤツ、かけますよ」部屋の主が声をかけた。不潔そうなコーヒーを淹れている。

 訪問者は重ねたレコードの中から一枚のレコードを取り、いちばん上にした。果たして中身があるのか。中身があっても、入っているのがタイトルと同じ中身なのか怪しみつつ、レコードを引っぱりだした。タイトルと円盤が一致した。

 レコードプレーヤーは、薄暗い部屋に明かりをさしこむ出窓にちょこんと座っている。ターンテーブルの背後の窓格子の左手には新潟の町が見える。右手には川の河口から続く日本海だ。海の色は、暗色の絵の具チューブを出しすぎて明るさがもどらなくなったパレットのようだ。“あの南の海”とはさま替わりだ。

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 コーヒーカップを手渡された訪問者は、見渡すかぎり3カ所くらいある、平らなスペースのひとつに腰かけた。茶色いヒビ割れしたカップが手になじむ。部屋の主はカップを片手に、プレーヤーとアンプのスイッチを入れた。

 「やっぱり3曲目ですか」部屋の主、コバヤシが訊いた。
 「それしかないでしょ」訪問者の後藤が答えた。

 カートリッジを3曲目まで目分量でずらして、静かに落とす。プチ、プチとレコードの素材音をひろう。イントロ。缶カラを叩くような打楽器音が響く。フルートがかぶさり、ボーカルがひょうひょうと歌いだす。1981年発売のレコードアルバムの代表曲。後藤がその曲を選んだのは、ふたりには忘れることのできない体験がこめられているからだ。アルバムや曲名はあとでリワインドする。

 “赤道の下の国”での物語を始めよう。それは青春物語でもあり、ビジネス物語でもあり、和の文化普及物語でもある。どんなふうに読んでもらってもかまわない。人生をカテゴライズすることに多くの意味はないのだ。

 ふたりには“ほんとうの出会い”があった。

           **************

 「後藤、お前を殴る」

 日本料理店のオーナーのMR.Tはこう言い捨てて、後藤に店の裏に出ろと言った。後藤は背中に冷や汗の筋を何本も感じた。もはや走って逃げ出すこともできない。逃げれば残りの給料も未払いだと妙な計算もした。殴られるとはどのくらいの痛さだろうか?奥歯を噛み締めて、歩き出した。店の裏に通じるドアの、冷たいドアノブを押して、赤錆びたスチール階段を降りた。地べたに座った。薄汚れた生ゴミバケツの隣だ。このバケツのように土だらけに転がるのだろう。

 「立て」後ろから着いてきたMR.Tは冷徹に言った。

 殴りやすいように立たせるのだ。いや得意の回し蹴りをお見舞いしたいからだろうか。後藤はよろよろと時間をかけて立とうとした。そのときー

 「待ってください!」コバヤシが裏口のドアにいた。「オレも、一緒に殴ってください!」コバヤシは階段を駆け降りて、地面に正座した。

【 2】プロローグ 2/2 ********************

  土と小石の混じる、生温かい地面にスネを押しつけて、コバヤシはもう一度言った。

 「オレも、殴ってください」
 コバヤシは握りこぶしを両膝の上に置いていた。
 「止めてください、コバヤシさん。悪いのは僕だけですから」後藤は言った。

 MR.Tはふたりを睨みつけながら言った。「二人共殴ろう」

 MR.Tは足を肩の幅に開いて、両手の拳を握った。ふたりは起つともなく座るともない半腰のままじっとしていた。何十秒かが過ぎた。何万時間のようにも感じられた。彼は二人を睨みつけながら、やがて拳をとき、無言で踵を返して階段を上り、店の中に消えた。

 後藤は横のコバヤシを見ることができなかった。その肩は震えていた。恐怖から解放された安堵からか、涙からかわからなかった。ありがたかった。

           **************

 2人はワーキング・ホリデー(働きながら海外で休日を楽しめる長期ビザ)を利用して、日本の別々の地から南の国に旅たち、オートストラリア第三の都市、人口100万人のブリスベンにたどり着いた。コバヤシが先行して新潟から2年ほど前、後藤は東京から1年弱前だ。

 コバヤシはブリスベンの目抜き通り、クィーン通りのジャパニーズ・レストラン『SAKURA』で“皿洗い兼シェフ”の職についた。漁師の息子だった素質を生かして、早々に調理技術を習得した。午前10時にランチの仕込みに入り、ランチが終われば客席ホールで大の字になって眠る。夕方からディナーの用意にかかる。すき焼きにしゃぶしゃぶ、鉄板焼きにうどんに蕎麦と、典型的な外国の日本料理店。日本人駐在者とそのゲスト、お金持ちのオージー(オーストラリア人の愛称)がお客さまだ。漁師の息子とはいえ素人同然の料理でもつとまる気楽さ。夜11時ごろ店を出て、現地で買った絶滅車でアパートに帰る。それを日々繰り替えし丸2年が過ぎた。もちろんビザはとっくに失効している。

 “若者が現地の文化に触れ、未来の国際化にひと役かうワーキング・ホリデー” 外務省はそうPRし、コバヤシは親にもそう説明して日本を出た。ほかの誰でもない自分探しに、というと聞こえはいいが、息苦しい日本からいなくなりたかっただけだ。亜熱帯の国はおおらかで、やがて自分探しも忘れさせてくれた。あくせくしないで暮らせる亜熱帯の海外生活に埋没した。南半球の英国系の異国、白人とアボリジニの国にいるくせに、日本で始まり日本で終わる日々だった。それでもよかった。そのままの日々が永遠に続きさえすればー。

 遅れて後藤がSAKURA本店にやってきた。皿洗いの空きがひとり出たところにふらりと現れて、そのまま採用された。運がいい男だ。SAKURAのオーナーMR.Tと6ヶ月の就業の約束をした。そして10時から11時の生活に埋没した。だがやがて埋没生活に飽きて、1年の就業の約束を6ヶ月に短縮したいと考えた。それを店のオーナーに告げた。

 するとオーナーでコンタクト空手(寸留めではなく実際に当て合う)の元道場主のMR.Tは、YESでもないNOでもない“野蛮な拳の答え”を口にした。道場を閉めた今も胸板が厚く、体躯のよい日本人のオーナーは、料理よりも空手師範がふさわしい太さの腕を自慢していたし、ときどき実際に自慢することがあった。猜疑心にみちた眼で相手をにらみつけ、俊敏に飛び、まるでロブスターの甲羅を剥がすかのように一撃を見舞う。殴られた相手は活き造りの“タタキ”のように粉砕され、横たわり、ピクピクした。それで放り出された日本人アルバイトはひとりやふたりではなかった。

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 ふたりがそうならなかったのは幸運だった。後藤は立ち上がろうとしたとき、自分の膝が立たないことに気づいた。生ゴミのバケツに手をついてようやく立ち上がった。後のことはよく覚えていない。結局後藤は辞めずに、成り行きであと半年働くことにした。

【 3】コバヤシ、お前を殴る 1/2 *******************

 わたしはレコードプレーヤーのカートリッジを持ち上げた。音を取られた黒い円盤は、むなしく回転した。カートリッジをおくと盤は次第に勢いを失い、やがて小さく逆に振れて静止した。オーナーのMr.Tの日本趣味、いや“ヤマト趣味”と言うべき昭和の唱歌集のレコード。日本料理店なら唱歌という趣味はどうかと思ったが、いやもおうもなく、SAKURA2号店のBGMだった。

 音を止めたのは、たった今店を出た“最後の”お客さんの背中をみたからだ。厨房への出入口のすだれを寄せて、がらんとした店内を眺めた。時刻は12時半を過ぎていたが1時にはなっていない。だがこれで今日の客入りは“トマリ”だ。わかっている。5組しか入らなかったランチの店内を見渡して、オーナーのMr.Tが昨日やってきて言ったひとことを思い出した。

 「来月も売上が上がらないなら、コバヤシ、お前を殴る」

 雇い主が従業員を殴るなんて許されるわけがない。普通に考えればその通りだが、ここは地球の反対側の南半球、南国の都市だ。日本の法律とも無縁だし、どっちの国の世間の常識も通じない。命令が実行できるかできないか。やれなければ殴られる。殴られるのがイヤなら、夜中に逃げ出せばいい。だがこんな南の果てまで流れてきて、その上さらにどこに逃げればいいのか?

 わたしはツバを呑み込んだ。乾いた喉を潤すほどのものではなかった。昨日のランチはそれでも7組だった。わたしはすだれを下し、厨房のまな板のヘリにペティナイフの背をコンコンと当てて、毎日考えていることを考えだした。

 「どうしたら売上を上げることができるか」

 日本食レストラン『SAKURA』2号店は、ブリスベンのダウンタウン(中心部)から外れた郊外に立地する。スーパーを核とするショッピングセンターの中のテナントのひとつだ。周辺には日本資本の企業も多く立地しており、その家族たちの住人の集積もある。住宅地としてのランクも随一で中流以上の家庭が多い。ショッピングセンターの商業施設にもにぎわいがある。そこに空き店舗が発生した。

 “SAKURA”というブランド力も計算できた。ダウンタウンでもう5年も店を張っている『SAKURA』本店は、ブリスベンで和食なら第一に名前が上がる評価を得てきた。一流の日本法人や金融関係など恵まれていたこともあり、順風な経営である。その影響力も見込めるはずだ。

 条件はよさそうだった。出店を決意したMr.Tが投資をして、三月ほど前に開業した。

 2号店でも、日本人だけでなくオーストラリア人もターゲットにしたポピュラーな日本食メニューをそろえた。すき焼き、しゃぶしゃぶ、和風味ステーキ、お味噌汁やお茶漬け、蕎麦までそろえた。一流ではないが本格的な味わいを売りにした。料金設定は一般のレストランに較べると安くはないが、日本食から離れられない日本人駐在員相手としては問題ではない。ランチは日本人、ディナーはビジター接待にも使ってもらい、オージー(オーストラリア人)家族の豪華な東洋の夕食を演出しよう。

 スタッフは、SAKURA本店でシェフとして丸2年働いてきたわたしが店長兼シェフ、そして6ヶ月の延長をした後藤が厨房を担当。日本人の顔をした台湾人女性、オージー女性のウェイトレス。SAKURA本店でやってきたことをそのまま“小さく”やればよいはずだった。何より近くにMr.Tがいないのが快適だった。ぼちぼちやれば、2人とも南国の自由な生活をどっぷりを楽しめるはずだった。だがー。

 コンコンというナイフの音が“連弾”になった。振り向くと後藤もナイフの背をまな板に当てていた。ふたりでコンコンしていても仕方ないじゃないか。だが他にやることがないのだ。

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 開店当初の2、3週間こそ入りはよかったが、ほどなくランチもディナーも客足が伸びない現実に直面した。ランチはひと桁の組数の毎日。ディナーはもっと悲惨だ。たまに予約の電話がはいり、テーブルの上に予約札を置き、お客さんがやってきても“貸し切り”と見まがう。どこでも座れるレストランには誰も座りたくないものだ。たまに客が入れば入ったで、マイナスのクチコミが広まった。いったい何が悪いのだろうか?

 日に日にわたしは追いつめられていく。殴られるくらいならマシだ。きっと殺される。ブリスベン・リバー浮かぶ日本人ワーキングホリデー旅行者の死体発見。日本の新聞に囲み記事で本名が出る。旅の行く手に何が起きたのか?流れ者同士のイザコザに巻き込まれた模様。ピリオド。世間すぐに忘却。

 いっそのこと殺られる前に・・・。わたしはコンコンの音の元、後藤のナイフに眼の焦点を合わせた。後藤はじっとわたしを見ていた。右手でナイフを振り上げる真似をして、左手で作った拳を刺そうとしてニヤリとした。同じことを考えていた。

 わたしはコンコンするのをやめて、紙ナプキンを一枚とりあげた。広げてボールペンで文字を書いた。

 K O T O

【 4】コバヤシ、お前を殴る2/2  *******************

 わたしは紙ナプキンを広げて“KOTO”と書いた。

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 それが“古都”なのか“琴”なのかさえ知らない。車で10分ほど離れた地に2ヶ月前に開業した日本食レストランの名前だ。日本の大資本の傘下の日本料理店。ねらいはSAKURA2号店と同じ、このエリアの有望性ゆえだろう。

 わたしはこう考えた。KOTOの開店数日は、お客はとられるだろうが、しょせんは新参店。ブリスベンで5年も店舗を続け、日本食といえばSAKURAという知名度抜群の看板がモノをいうはずだと。だがKOTOのオープン後すでに1ヶ月が経ち2ヶ月が経ち、事態は悪くなるばかりだった。KOTOは繁盛し、SAKURA2号店には“サクラ”さえ来ない。

 そちらにお客が流れているのはまちがいない。赤道の下の国にまで来て、日本の大企業に追われるとは。ついていない。だがわれわれのせいじゃないのだ。

 「ランチにしよう」わたしは後藤に声をかけた。まかないのランチ、余りがたくさんある。おとついのもある。昨日のもある。食べ放題だ。

 「コバヤシさん」後藤がステンレスボールのレタスをラップを掛けながら言った。「昨日、Mr.Tが来ましたよね」
 「ああ」
 「なんて言っていました?」
 わたしは肩をすぼめて言った「売上を上げろって」
 後藤は口元をわずかに持ち上げた。「それだけじゃないでしょう」
 「まあな」
 「あの得意ゼリフですよね」後藤は息を吸い込んで止めて空手のポーズをつくり「ゥオス!」と拳を伸ばして低い声で言った。「コバヤシ、お前を殴る」
 わたしは不条理に笑うしかなかった。「まったくその通り。あと1ヶ月の命、いやもっと短いかもしれない」
 「コバヤシさん」後藤は真顔で言った。
 「何?」
 「借りは返せないと思うけど、一緒にペコンペコンになりますから」後藤もわたしも小さく笑った。

 わたしたちは手をこまねいていたわけではない。ランチのメニュー改善もしたつもりだし、PRのため日系の会社にランチやディナーメニューのお知らせファックスも毎日入れている。日本食材の取扱商社まで行って、目新しい食材の購入交渉もしている。地道な努力だがいずれ実を結ぶはずなのだが・・・。

          *******************

 「破れかぶれですけど、敵から学びませんか?」後藤が言った。
 「敵って、KOTOのこと?」
 「そう。ボクはまだKOTOに行ったことがない。KOTOは高級店という話だけは聞くけど、なぜSAKURAは流行らないでKOTOが流行るのか、よくわからない。せめてそれが知りたい」

 わたしはKOTOを“寸止め”でチェックしたことがあった。駐車場近くまで車を近づけて、外から店舗を観察した。高級車の並ぶKOTOの駐車場ゲートを、自分の乗る絶滅車がそぐわないと思うことにした。実は中に入る勇気がなかっただけだ。SAKURAの数倍の規模の日本様式の店舗を眺めただけで“勝負にならない”と感じたのだ。考えることさえ避けていた。

 「どのツラ下げてゆけばいいんだんだろう」自分の声に落ち着かない響きを感じた。
 後藤はレタスを入れたボールを、磨かれたステンレス・ボディの冷蔵庫に入れて、ドンと扉を閉めた。
 「別に僕らが隣の日本料理店のコックだってバレたったかわまないでしょう。しょせんは雇われ。オーナーではないのだし」
 「そりゃそうだな」しょせん雇われだ。空手屋のオーナーにとっては一枚の瓦にすぎない。押忍!と叩けば、かんたんにカチ割れる。
 「それに相手がどう出るかはよくわからないけど、ここは日本じゃない」後藤は意味ありげに言った。
 「日本じゃないって・・・?」
 「祖国は遠く北の彼方。競合といえど同じ日本人、助け合いがあってもいいし」
 「それはそうかもしれないな」わたしは理由もなく同意した。
 「別に向こうの店長さんに会わなくても、なぜKOTOが流行るのか、なぜウチがダメなのか。少しでもヒントがあればいいでしょう」
 わたしはうなずいた。「そうだな。どうせ殴られるなら当たって砕けるか。まだ1時半だからランチに間に合う。行こう」

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 平屋建ての、黒い稜線が伸びやかに広がる屋根の建物が見えた。KOTOの駐車場の無人のゲートをくぐりぬけるとき、わたしの車は、ペダルをふかしてもいないのにブルンと震えた。“いやがるなよ”と、荒げる馬の首をなでるようにハンドルをやさしくたたき、もっとも奥のスペースに止めた。陽が傾きだしてもまだ7〜8台の車がある。高年式の高級車ばかりだ。ランチをゆっくりと食べることができる人びとがお客さまなのだ。

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 日本料理店KOTOの入口のドアを開けると、出迎えてくれたのは、小柄な日本人のウェイトレス。黒地に赤の大輪の花柄の着物姿、にこやかに微笑みかけてくれる。

 「Good Afternoon! いらっしゃいませ。日本人のお客様ですね?」

【 5】KOTO 1/3 ************************

 「Good Afternoon!」と着物姿の日本人ウェイトレスに言われて、うなずいて「ワーホリ(ワーキングホリデーの略)が来るとこじゃないな」と後藤にささやいた。後藤は今さら、というような顔つきで肩をすくめた。彼は気後れした様子がない。

 35度を越える熱気にさらされた身に、店内の冷気が心地よかった。店のあちこちから「Good Afternoon!」「いらっしゃいませ!」という声が掛けられた。オーストラリアらしく「Goo' Day(グッダイ)」という言葉も聞こえた。立ち働くウェイトレスたちからと、カウンター席の向こうに立つ板前さん、現地人の調理人からだ。着物の日本人女性の笑顔と、きびきびとした応対。ひさしぶりにほっとした感じがした。

 案内されて見回すと、80席、いや100席近くありそうな構えだ。店に響きわたるのは“琴”の音色だ。ひょっとしたら生演奏なのか?いやスピーカーからのBGMだ。弦がはじけるかのように聴こえる。SAKURA2号店のような“ラジカセ”もどきではない。KOTO、やはり“琴”なのだろうか。

 一面ガラス張りに庭が見渡せる窓際の席に案内された。着席するころには、冷気と雰囲気に心がほだされて“流行る秘密を探ろう”という気持ちがなえてきた。これではいけない。だがガラスの向こうの鯉が泳ぐ小さな池、芝生と石の庭、箱庭的な日本庭園の情緒を見ると、SAKURA2号店と比較の対象にはならないことがわかった。

 「KOTOにようこそいらっしゃいました」 ウェイトレスは笑顔で言うと、ランチメニューの説明をした。「お決まりになりました頃伺いにまいります」と言って下がった。

 わたしと後藤はメニューをあれこれ見定め、ページをめくり、料理や飲料を覚えようとして、覚えきれないほどの豊富さに舌を巻いた。しばらくして、オーストラリアには似合わないスーツを着た日本人男性がやってきた。きちんとお辞儀をして言った。

 「いらっしゃいませ。店長の堀田です」

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 わたしたちは13ドル50セントのランチをお願いすると、店長と名乗った男は振り返り、さきほど日本人女性ウエイトレスに伝えた。調査未了のメニューを下げられて「しまった」と思ったが後の祭りだ。

 堀田と自称した男は、すらりとした背丈だが俊敏な物腰を感じさせた。年は35歳、いや40歳くらいで、飲食店の店長というよりも、世界を又に駆ける商社マンという雰囲気があった。「お話をさせていただいてもいいですか?」

 われわれは顔を見合わせた。「わたしたちを知っているんですか」
 「ええ。2度ほどSAKURA2号店におじゃましました」
 きっと手持ち無沙汰でホールをのぞくわれわれの顔を見られたのだ。恥ずかしさのあまり、反射的に立ち上がりかけた。それをあいさつのためと誤解したのか、堀田店長はわたしを制止して「座ってもいいですか」と言って腰掛けた。
 「もちろんクイーンズ通りの本店にも」
 「ちゃんと調査はされているのですね」
 堀田はほほえんで「いや調査というよりエールを交換したいと思いました。残念ながら店長はご不在でした。そのとき初めてオーストラリアの“ロブスターの活き造り”を食べました。ぷりぷりして美味しかったですよ」

 わたしと後藤は目を合わせて忍び笑いをした。体長40センチほどの生きているロブスターの甲羅を一撃ではぎ、胴体を真っ二つに切るMr.Tの無慈悲なさばきが目に浮かんだ。胴体の白身をぶつ切りにして、裏返した尾部に盛りつける。ヒゲも目もまだゆらゆら動いている頭部を、兜のように載せてできあがりだ。果たしてあのメニューが日本的といえるかどうか怪しいが、ロブスターの刺身は人気メニューである。わたしたちは名前だけかんたんに自己紹介した。

 「そろそろお二人が来るだろうなと思っていました」堀田はにこやかに言った。
 真意を測りかねてわたしは彼を見つめた。“何を盗みに来たんだね”という意味をまなざしを堀田の目に探したが、邪悪な色は見えなかった。むしろ“話してごらん”というやさしさが感じられた。同じことを思ったのか、後藤が率直に言った。
 「KOTOを見にきました」
 堀田は何もいわずうなずいた。後藤は続けた。
 「・・・というか、KOTOがなぜ流行るのか、知りたいと思ったんです」
 後藤のことばにわたしもうなずいた。「そうなんです」

 堀田はほほえんで言った。「いやまだウチもこのくらいではモトをとれませんよ。ただ、当社はこの事業を売上だけのためにやっているわけじゃないのです。長い目で実現したねらいがあります。だから今この瞬間には、お二人が賭けてるものの方が、もっと切実かもしれない」
 堀田は代わる代わるわたしと後藤の顔を見た。彼の目の奥からは、わかりますよ、ということばが聞こえてくるようだった。

 わたしと後藤のランチが運ばれてきて、一皿ずつ、和食の作法にしたがったレイアウトで並べられた。海老と野菜の天麩羅、お刺身の小鉢、お吸い物、突き出し、そしてご飯という典型的ともいえる日本食三昧のセットである。添えられた割り箸の包みには「チョップスティックの使い方」が英語で書かれている。箸置きは琴のかたちだった。

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 「さ、召し上がってください。せっかくの機会ですから率直にお話しましょう」
 堀田は自分にお茶を持たせるように伝えた。ウェイトレスはお盆に茶托と牡丹が染付けされた湯呑みから日本茶をすすった。

 「SAKURAさんのお店の感想の前に、お二人から見てSAKURAさんの敵、つまりKOTOについてお話ししましょう」

【 6】KOTO 2/3 ************************

 わたしはお吸い物をすすり、日本的な味に舌を巻いた。SAKURAで出す日本料理は“日本的”ではあってもこの味は出せていない。

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 「いかがですか、お吸い物は?」店長が訊いた。
 「すっごくいい味が出ています」後藤がすすりながら言う。
 「KOTOは日本の調味料の伝道師でありたいと思っています。もともと出汁や調味料が主力の日本企業の子会社が開いているものですから、こだわりはあります」
 堀田は日本人なら誰もが知っている調味料製造の大企業の名前を挙げた。その企業がKOTOを出店しているのは聞いていた。
 「ですから事業の展開は、お分かりいただけると思いますが、最終的には自社の商品の拡販です。しかし目先の販売増のために出店しているためではありません。レストラン・チェーン展開が本業でもありません」
 「チェーン店を買収しても仕方ないですよね」わたしはサクっとした海老天ぷらに塩をつけて頬張った。塩にもこだわりがある。
 「私たちは、きちんとした日本料理のシーンを海外に普及させたいのです」
 後藤もむしゃむしゃしつつ言う。「ここいらには、みょうちきりんな日本食も多いですからね」
 「甘〜いビーフボウル、うどんに刺身を載せる海鮮うどん丼、照り焼きチキンのお重・・・」 堀田がそういうと、三人で笑った。「あれは日本食じゃない」

 「ですがいまだにあれが日本食だと思っている人もいます。日本食を知らない海外の人を甘くみています。日本人ターゲットでも同じです。普段日本食を食べつけない現地日本人に“日本食ぽくあれば懐かしむ”と手抜きをする」
 わたしはブリスベンのスーパー『ウールワース』でときどき買うインスタントラーメンを思った。安くてスパイシーな即席麺。あれさえあればいい、と思うことがあるのを恥じた。
 「日本食が正確に伝わらないと、本格的な調味料を製造するわれわれの会社には阻害要因になります。KOTOのねらいのひとつは、日本食を伝道することです。高級イメージの日本食レストランにやって来る現地のお客さまは、さまざまな分野のリーダークラスの方々です。彼らから正しく日本食を広める、彼らのステータスにあった格の店舗をつくる。それに相応した味とメニュー、味、サービスを提供する。これがひとつのねらいです」

 「もうひとつは逆に、現地の食スタイルと融合させた日本食スタイルを創造することです。現地のお客さまがどういう食べ方で日本食を食べると幸せなのか、日本食の何が好まれ、何が好まれないか、どんな香りが好まれ、どんな食感が好まれるのか。現実にお顔を拝見しながらデータを蓄積しているわけです。常連のお客様にはメニューや飲みものについて、お話を伺う場ももうけます。むしろこっちがメインになります」
 「現地リサーチですか?」わたしは訊いた。
 「リサーチというより、“お客さまの笑顔を感じ取る”んです。和食・洋食・中華を問わず、美味しいものは美味しいでしょう?」
 後藤が頬張りつつうなずいた。「天ぷら、ほんとに美味しかった」
 「それはよかった。優れた味は普遍的なもの。グローバルに通用する。日本食を知ってもらうこと、その調味料を知ってもらうこと、その調味料を現地の人にも親しみやすいものにして共通語にしたいわけです」

 堀田は続けた。「“お客さんの近いところで商売を考えなさい” これは当社の社長の口ぐせです。商売はお客さんの表情がすべてだ、と。お店に来て頂くお客さまだけでなく、取引先の社員もその家族も大切にしろ、日本食を敬遠するお客さまも大切にしろ、そういう方々の心を知りなさい、表情のくもりを読み取りなさい。そこに殻を破るヒントがあると。そのために出店していると言ってもいいでしょう」

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 二人が食事を済ましたぴたりのタイミングで、日本人ウェイトレスがお茶を運んできた。お茶碗を茶托に載せて丁寧に供すると下がった。わたしはお茶をひと口すすり、熱すぎもなく温すぎもない頃合いに感心した。

 「恵子さん、ちょっといいですか?」堀田は立ち去ろうとした女性に声をかけた。恵子と呼ばれたウェイトレスは微笑んでうなずいて、膝を折って低い姿勢になった。「こちらはコバヤシさんと後藤さん。SAKURA2号店から偵察に来られたんだ」
 わたしたちは顔を赤らめ、恵子はぷっと吹き出した。
 「冗談です。恵子さん、あなたのことをお二人に話してあげてください。同じワーキング・ホリデー仲間でもありますよね」

 恵子はわたしと後藤を代わる代わる見て語りだした。
 「私はつい3ヶ月前まで日本の会社でOLをしていました。料理が趣味でずっと料理教室に通い、日本酒のソムリエの勉強もしました。そのうちにどうしてもフードビジネスに関わりたいと思いがつのりました。その時、こちらの会社で現地従業員の募集広告を拝見しました」
 「日本で雇われてこっちに来たの?」わたしは興味をそそられた。

【 7】KOTO 3/3 ***********************

 「そうです。ワーキング・ホリデーを利用して語学学校や大学に通いながら、現地の和食レストランで働くという雇用契約です。日本で飲食業に従事すると、ただウェイトレスをするか、調理をするかで、料理や店舗を総合的に勉強しにくいのですから。
 「朝も夜も仕事や勉強?」後藤が訊いた。
 「はい。シフトはありますが勉強と仕事の毎日です。たいへんですけど、経理も語学も経営も一緒に学べます。日本ではできない一石二鳥と思って応募しました」
 「なるほど」 ワーキング・ホリディで居ついたわたしも風来坊上等兵なら、後藤は風来坊一等兵だ。同じワーキング・ホリデイでも人種が違う。わたしはお尻がむずむずした。

 「日本にいるよりも海外の日本食レストランで和食店の調理や経営が学べる。妙な感じもしますが、ヤル気のある人にチャンスを与えると、こうして生き生きと働いてもらえます。彼女に成長してもらうことも、このお店の使命なんです」と堀田が言った。
 わたしはSAKURA2号店の台湾人とオーストラリアンのウェイトレスを思い浮かべた。彼女たちにひざまずくという習慣はない。たとえあったとしても、きっとしないだろう。
「この店で採用するのは日本人だけではありません。現地の日本文化や日本食に興味を持つ人も採用しています。これも必要なことです。ありがとう、恵子さん」堀田はウェイトレスを去らせた。

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 「SAKURAで感じたのは、別に日本食でなくてもいいのではないかということです」 
 「日本食じゃなくてもいい・・・?」わたしは堀田のことばを反すうした。
 「偶然、あなたを雇った人が日本人で、あなたたちが日本人で、自分たちに扱えそうな商売が日本食だった、率直に言うとそう思いました」

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 図星だ。カンフーブームが去り、ブリスベンの空手道場経営が傾き、Mr.Tはある日こう言った。“日本食でもやるか”。それでMr.Tは、空手の弟子の ひとりだったレストラン経営者の店で半年ほど修行を積み、現地のシーフード料理店を“居抜き”で買い取った。内装に日本画の複製画や掛け軸をかけ、ランプ シェードに和紙を用いて、BGM音楽を唱歌に替えた。メニューは「すき焼き」「天麩羅」「ソバ」といったいわゆる日本食をあれもこれもそろえた。日本で言 えば田舎の街道沿いのファミリーレストランだ。だがヘルシー料理ブームに乗り、日本食=ヘルシーというトレンドにあたるという幸運さだった。これがワーホ リの歴代アルバイト同士、語り継いできた物語だ。

 「SAKURAの本店は、まだ高級日本食店で競合がない時代というタイミングが良かった。日本企業、大企業の多い立地への投資も当たった」
 わたしは唾を飲み込んでうなずいた。
 「だがSAKURA2号店は業績不振ですね」断定とも質問ともつかない口調で堀田が言った。
 わたしと後藤は目をあわさなかったが、心の中では同じことを考えていた。
 「その通りです」わたしは正直に答えた。「何とかしたいんです」

 「ではいくつか質問しますが、答えて頂けますか?」堀田が訊ねた。わたしは、こんな光景をMr.Tに見られたら、顔面が完膚なきまでにへこんでいると思いつつも“はい”と答えていた。
 「2号店で一番やりたいことは何ですか?」
 「一番やりたいこと?」後藤はおうむ返しに言った。「それは・・・お店で日本料理をサーブすることじゃないんですか?」
 堀田は首を横に振った。「それは一番やりたいことを実現するための手段でしょう」
 「一番やりたいことか・・・」わたしのまぶたに椰子の木陰でのんびりしている自分の姿が映った。それを振り切ると、次はMr.Tの後ろ姿に向かって、店舗の繁盛を誇らしげに胸を張る自分がいた。わたしも“日本料理”でなくてもいいのだった。
 「いずれじっくり考えてください。それはそれとしてー」堀田は続けた。「2号店ではどんなお客さまがどんな食事をされているのですか?」
 「ランチは駐在員の家族、韓国人などアジア系とオージーがまばらで、だいたい日本人が半分くらいでしょう」
 「いやボクの感じだと、日本人とオージーの連れが半分。あとは独身や単身の駐在員がときどきやってくるのではないかな」後藤は違う見立てだ。
 「おやおや、基本的な観察さえも違うんですね」堀田は笑いながら首を振った。「ほんとうはどんなお客さんに来てもらいたいんですか?」
 「駐在員とその家族半分、オージー半分、くらいでしょうか」わたしは自信がなかった。調査という調査はしなかったし、ばくぜんと日本人に受け入れられる味を出せば、だんだん現地のお客さんも増えてくると考えていた。
 「まずはちゃんと観察してみましょう。今のお客さんがどんな人たちか。どんな注文をしているか。なぜ彼らが来るのか。なぜ来てほしい人が来ていないのか。この順序です」
 わたしたちはうなずいた。
 「メニューはどのようにして決めたのですか?」
 「・・・それは、SAKURA本店のメニューから人気のある、料金的に高すぎないものをもってきました」
 「味はどのレベルを狙っていますか?」
 「日本人の駐在員の接待ですね」後藤が答えた。「日本人に受け入れられる味ならオージーにもだんだん広がるから」
 「ではひとつお訊きしますが、調味料や下味を作る材料の仕入はどうされていますか?」
 そう聞かれて、わたしは現地のチャイニーズ・マーケットでコスト優先で材料を仕入れている自分の姿を思いだして赤面した。現地の昆布、現地の塩、現地のソース・・・。少しずつ日本のものとは違うが、原価も下げなくてはならないのだ。
 「するとこうですか。SAKURAの名前を使う。駐在員家庭と裕福なオーストラリア人が多い郊外立地で、家庭ではあまり食べないメニューを、日本の一般家庭よりも高いレベルの味でつくり、平均料金よりも高めで出す」
 わたしたちはうなずいた。どこかがおかしいとは感じたがはっきりしなかった。堀田店長は畳み掛けるように言った。
 「お客さまは日本体験をしたいからくるのか?本格的な日本の味を楽しむためにくるのか?日本の味が懐かしいからくるのか?」
 そのいずれでもあり、いずれでもないような気がした。

 「ここで、規模の小さいSAKURAを作ってもダメでしょう」

 

【 8】胸をひらく 1/4  *********************

 わたしと後藤は無言で車に乗っていた。熱風しか送らないエアコンを止めて、窓を全開にした。心地よい店内の冷気に打たれ、堀田のことばに冷水を浴びせら れたあと、今は35度に温められた風に頬を打たれている。Fiat 125はゴホゴホと老人の咳のような排気音をやかましく響かせる。人なら還暦をとうに越えて喜寿くらいの年式だ。許してやろう。その音のせいで、ふたりは 口を開かなくても済むのだからありがたい。わたしは堀田店長のことばを心で繰り返していた。

 「規模の小さいSAKURAを作ってもダメ」

 ハンドルを握る汗ばんだ右手を、斜めに開けた三角窓から入る風にさらした。SAKURA2号店は、SAKURA本店でもなければ、KOTOに対抗できる 店でもない。かといって現地のエセ日本料理のゴム麺のラーメン屋やビーフボール屋でもない。そのまま日本に移設してもきっと街道沿いに埋没する“何でもレストラン”にすぎない。

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 フィアットはフードコートのあるショッピングセンターの前で信号待ちで停止した。ここにもアジアンフードはたくさんある。チャイニーズ、タイ、インド、 寿司ロール。アメリカン情緒たっぷりのサンドウィッチもベーグルもある。みんな安くてお手軽だ。この先にあるSAKURA2号店にわざわざ来る理由はなん だろうか?

 日本人に懐かしくなく、オージーに異国情緒もない。それがSAKURA2号店。つい空ぶかしをしてFiatのアイドリング音が動悸のように高まった。いや実はわたし自身の心拍音かも知れない。そういえばKOTOを立ち去るとき、堀田はこう声をかけてきた。

 「君たちはどうしてKOTOに来たのですか?」

 後藤が半ばヤケのように答えた。「敵情視察で」わたしはきっと凍てついたような笑いをうかべていた。だが堀田店長は真剣なまなざしを崩さずに言った。

 「単なるアルバイトなら逃げるだけだ。だが君たちはここにやってきた。それはたいせつなことでしょう」

 なぜ後藤とわたしはKOTOに行ったのだろうか?そもそもは後藤が“破れかぶれ”と言い出したからだが、敵情視察ではなかった。自分たちの悩みをどうに かしたかった。誰かに話してみたかった。隠すよりも伝えたかった。隣の後藤を見た。きっと彼も同じ気持ちだったのではないだろうか。ある意味でわたしは、 KOTOで始めて後藤と向き合ったのかもしれない。

          ********************

 SAKURA2号店にもどり調理服に着替えた。ディナーの準備にかからなくてはならないが、もやもやは晴れなかった。堀田店長のことばが頭をめぐっていた。

 お客さまの心を感じ取る・・・・
 お客さまの近いところで商売を考える・・・・
 日本食を敬遠されるお客さまも大切に・・・・

 照明を落としたSAKURAの窓ガラスからは平行四辺形にゆがんだ、落ちかけの日照が差しこんでいる。外はまだ明るい。だが店にはすでに“残照”の雰囲気が漂う。

 KOTOのBGMの琴の音色、気さくな従業員の声かけ(Goo' Day!)、日本庭園の佇まい、ひざまづく和服のウェイトレス、滅多に味わえない熱さ加減と濃さ加減の日本茶を思い出した。SAKURA2号店の規模、雰 囲気、什器そして従業員とくらべて、どれひとつとっても勝てそうなことがなかった。

 Mr.Tにせよ、わたしや後藤にせよ、しょせんは風来坊。KOTOのような大企業組織で運営しているわけじゃない。最初から勝ち目なぞない。わたしはレ ジ脇のカゴに積まれた“fortune cookie(運勢の書かれた紙片の入った菓子)”をひとつつまんだ。元々は日本人がアメリカで普及させた菓子で、精算時に差し上げるものだ。開けると占 いにこう書いてあった。

 “if you can hear the thunder, you better take cover …”
 (雷の音がきこえるなら、避難したほうがいい)

Fortune_cookie  fortune cookie

 勝ち目がなければ逃げればいいさ。ここ(南半球)まで来たんだから。さらにどこに逃げればいいのかはわからないがー。

 

【 9】胸をひらく 2/4  ***********************

 昼と夜には物理的に境目がある。平均台のようなその狭い幅の道をふらふらと歩む、時間の帯がある。右手はまだほんのりと明るい。左手は暗い。どっちつか ずだ。占いが当たったのだろうか、みるみる空が暗くなってきた。遠鳴が聞こえる。わたしは厨房から出て、黒い空が走って来るのを見た。すぐに雨が降り出し た。熱帯特有のスコールだ。

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 雨だけの理由ではないだろうが、その夜もお客はまばらだった。ぼんやりとお客さんの様子を見た。オーストラリアン同士のカップル。始めて見るお客さん。 そしてときどき来る日本人駐在員のグループ、日本人家族連れ、中国人らしきふたり・・・。ジ・エンド。今日も全テーブルが一度も埋まらずに終わりだ。

 来るお客さまは、スコールのように一気にやって来ず、中身も“ばらばら”だった。法則が見えない。オーストラリアンの注文は、すき焼きセットに、刺身の 盛りあわせという、珍妙な注文だった。そんな注文がやってくるのは、ウェイトレスのせいもあるのではないか。何のために彼らがSAKURA2号店にやって くる。理由はそれぞれ違うような気もする。きっと空いているから来るんだろう。はっきりとはわからない。

 「お客さんを観察しただけじゃ、わからないな」後ろから後藤が声をかけた。「やっぱりジカに聞いてみないと」
 「だけどせっかく食事しているときに“アンケートをお願いします”てのも変だし」
 「日本でもよく『ご意見お願いします』って紙が置いてありますよね。あれはよっぽどアタマにきたときしか書かない。こんなサービスしやがって!店長出て来い!て」
 「そう言って出て来た店長が、あの拳のやたら強い空手バカだとしたら?」
 ふたりで空しく笑いあった。

 われわれもぼんやりしているが、台湾人のウェイトレスの麗朱も、やはりぼんやりと立っていた。ついKOTOのウェイトレス恵子を思い出して、その差を嘆いた。だが彼女のせいではない。手持ちぶさたも仕方ないのだ。

          ********************

 店を閉めて、客席の灯りを落とした。さっき後藤も帰った。ひとりきりだ。厨房から漏れる灯りを頼りに、客席のテーブルに座った。すき焼きをするときにお 客さんに渡す紙性のエプロンを一枚取り出し、テーブルに広げた。ボールペンを持ちながら、何かを考えようと思った。窓からの月明かりも手元を照らしてくれ ていた。わたしは堀田店長が話したことを思い出した。

 “お客さんがどんな人たちか。どんな注文をしているか。なぜ彼らが来るのか。なぜ来てほしい人が来ていないのか。この順序です”

 いったい、どんなお客さまが来ているのだろう?大まかに言えば、オーストラリア人か、その他だ。チャイニーズもいるけれど、その大半が日本人なので、白 人のオージーか日本人か、そのどちらかだ。大くくりにするとそんなところだ。次は彼らがどんな注文をしているか。日本人から見るとナンセンスな注文か、納 得できる注文のどちらかだと思った。日本人は日本食を知っているし、オージーは余り知らない。当たりまえじゃないか。わたしは頭を振った。

 もう一度やりなおそう。分ける切り口は“オージー”か“日本人”か。これは事実だから、とりあえずいい。彼らはどんな注文をするのか。日本食初めてのお 客はへんてこな注文、慣れたお客は理にかなった注文。当たりまえだ。堀田店長の“どんな注文”とはどういう意味なのだろう?

 考えかたを変えてみよう。SAKURA2号店が提供するのは日本料理だ。日本料理がなぜへんてこになったり、理にかなったりするのだろうか?わたしは う〜んと伸びをして両手を伸ばした。視界のはしっこに、料理をホールに出すカウンターが入ってきた。その上に“ダルマ”があった。SAKURA本店からひ とつ持って来たものだ。

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 ダルマ・・・手も足も出ない。それは事実だが、異国の人にはとてもへんてこなモノだろうな。

 と思ったとき、ひらめいた。日本料理というのは、ダルマを見て“わかる”か“わからない”か、自分の国の文化と異なる感じがあるかどうかなのだ。“異国のフード”か、“自国のフード”か。そのどちらか。それを図に書いてみた。

 最初の分類は“オージー”か“日本人”。これはこれでいい。ヨコは“異国フード”と“自国フード”。つまり“どんな注文をしているか”で整理ができないだろうか?

Sakura01_2  マトリクスその1

 「オージー・異国フード」のお客さんは日本食好きで、日本に行ったことがあるかもしれない。日本食のヘルシー・ダイエットな良さに惹かれることもある。 きっと日本文化にも興味があるだろう。次に「日本人・自国フード」は、どうしても日本食しか受け付けられない人や、現地食に飽きてたまには日本食を食べた い人。現地日系企業の駐在員とその家族、日本人だ。

 

【10】胸をひらく 3/4  **********************

 日本人とオージー、異国フードと自国フード。この4つの切口で4つのタイプに分かれる。これである程度は整理ができそうだ。

 だが残るマスの意味をうまく片付けられない。対角の“オージー・自国フード”のお客さんは分厚くて大味なオージー・ビーフを食べるオージーだろうか?だ とすればSAKURA2号店のお客さんではない。もうひとつの対角のマス、“日本人・異国フード”は、オージー・ビーフを日本に売り込むニッポンの商社マ ンだろうか?やっぱりSAKURAのお客ではない。

 どうもこのあたりがよくわからない。表分析とはむつかしいなと呟いたとき、店の表の入口ドアをコツコツと叩く音がきこえた。顔を上げると後藤がガラス越しにのぞいていた。

 「帰ろうとしたら、まだコバヤシさんがいるのを見たんで」

 後藤も今日はもやもやしているのだろう。そのまま帰れなかったのだ。後藤はテーブルの椅子をさかさまに向けて、背もたれに腕をのせて座った。わたしはテーブルの紙エプロンの分類作業を見せた。“オージー・異国フード”がねらうべきターゲットだよなと言いつつ。

          ********************

 「どこをねらうかと言えばそうかも知れないけれど」後藤は肩をすぼめた。「よくわからないのは、このマスには何を入れたいんですか、コバヤシさんは」
 「う〜ん。つまらない商学の課程の教科書本で読んだんだけど、ほらいわゆるターゲットさ。標的顧客。でいいんだよな?」
 後藤は無言でボールペンをとりあげて、コツコツとテーブルをたたいた。「お客さまってターゲットなんだ」ボールペンをダーツの矢のように持ってなげる真似をした。
 「あまり良い表現じゃないな」わたしは頭をかいた。
 「堀田店長は」後藤はことばを切った。「“日本食を伝道する”とか“優れた味は普遍的である”とか」
 「そうだ」
 「もしそうだとすれば、この4つのマスは“日本料理をどう食べたいか?” “どう食べてもらいたいか”、そんな意味を入れるんじゃないかな」
 後藤はマスのヨコ軸に文字を書きたした。「このヨコにくるのは、“異国フードとしての日本料理”をどう食べたいか、“自国フードとしての日本料理”をどう食べたいか、そうなるんじゃないかな?」
 わたしは言われるままに、図にふたつのことば、“としての日本料理”を書き足した。

Sakura02  マトリクス2

 「そうか、わかった。異国フードとしての日本料理を楽しむオージーは、日本食の初心者だ。日本食を体験したいんだ」わたしは表のマスに“初心者”と“体験”と書いた。
 「日本に興味を持つオージーでも、わさびが苦手とか納豆が食べられない、そんな人だ」後藤が加勢した。
 「彼らはヘルシーなジャパニーズフードを食べたいと思うけれど、日本料理店に入りにくいのかもしれないな」
 後藤はうなずいてわたしからペンを取り上げた。「じゃあこっちのマスは」“自国フードとしての日本料理”と“日本人”のマスにボールペンを走らせた「“ベテラン”だね。ようするに味にうるさい日本人だ」
 「“味にうるさい”と書いておこう」わたしがそう言うと、後藤はそのマスに“ベテラン”で“味にうるさい”と書き足した。

Sakura03  マトリクス3

 初心者の異国フードを楽しみたいオージーはそこそこ来ているけれど、リピートしてくれていない。ぽつぽつとやってきて定着してくれない。だからランチは閑古鳥だ。

 一方で“味にうるさい”日本人の“日本食のベテラン”を唸らせる料理は出していないから、やって来ない。やっぱりKOTOやSAKURA本店に行くのだ ろう。だからディナーも閑古鳥だ。現地のマズい甘いビーフボウル店や日本ラーメン店のように安くないので、安けりゃいい日本人ワーホリも来ていないのが、 救いなのか災いなのか。

 この図でわかったこと。SAKURA2号店は、初めて日本食を体験するニーズも、日本の味に満足するニーズも、まだどちらも満たしていない。それから“ ターゲット/標的”を単純に描くのではなく、どんなタイプのお客さんなのか、そのお客さんのレベルはどこにあるのか。それを整理すべきなのだ。

 でも対角線上に残された2つのマスはまだ空白だった。“日本人・異国フードとしての日本料理”、“オージー・自国フードとしての日本料理”。どちらも何が入るかわからない。この表はまだ変なのだろうか。

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 「日本食じゃあないけど」後藤は鼻をつまんだ。「こんな顔してベジマイトを食べることかな」
 わたしは彼の歪んだ顔につられて笑った。ベジマイトとはオーストラリアンが好むパンのスプレッド。人によれば“ドリアン”ともいうべき匂いがあるからだ。

【11】 胸をひらく 4/4  **********************

 翌日のSAKURA2号店はいつも同じ来店客で、いつもと同じの手持ちぶさたの時間だった。

 だが昨日までとは違っていた。昨日までの気だるさはなく、なんとなく“変われる”というような予感があった。まだ何も変わっていないけれど、変える心の準備にスイッチが入った。ONにして最初にやることは、アパートを出る前に決めてきた。ヒマなランチタイムが早く終わってそれを始めたかった。“それ”とはみんなを集めることだ。

 「みんなに相談したいことがある」 

 みんなと言っても後藤と台湾人ウェイトレスの麗朱(れいしゅ)、大学で日本語科を専攻する知日家のオージーのワンダ、それにわたしの4人だけだ。全員がテーブルに腰をおろした。

 Table  出典

 「おとつい、Mr.Tが来たんだ」わたしはみんなの目をかわるがわる見て、続けた。「何のために来たか。みんなはこの店の売上状況はだいたいわかるな」3人がうなづいた。
 「期限は言われなかったが、このままの売上ではこの店を閉じると言った」麗朱もワンダも、半ば驚き、半ば来るものが来たという表情だった。

 「お客さんが少ない。売上が上がらない。仕入費用はまかなえていない。人件費ももちろん持ち出しだ。だから赤字がふくらむ前に店をとじる。それだけのことだ」
 「じゃあわたしたちはー」ほとんど台湾なまりが感じられない流暢な日本語で麗朱が言いかけた。
 「クビさ」後藤はことばをテーブルの上に投げだすように言った。
 「ぼくや後藤はきっとそれだけじゃすまない」わたしは付けくわえた。
 「ハラキィリ、ですか?」ワンダがテーブルの上の箸入れを手にして、お腹にあてて切るマネをした。
 「違うよ、ワンダ」と後藤。
 「わっかりますぅ。カラテ、ですよね」ワンダはそう言って握った手を前に突き出して、空手の真似をした。「コバヤシ、オマエをパァァンチ(Punch)!」
 後藤は首を振った。「コバヤシ、お・ま・え・を・な・ぐ・る。さあ言って」
 ワンダはそれを忠実に繰り返した。
 「そんな日本語教えなくていいじゃないか」わたしは苦笑した。でも日本好きで日本語を熱心に学ぶオージーのワンダの明るさは救いだった。
 「麗朱とワンダのふたりは他に仕事を探せばいいー」わたしは後藤を見た。「ぼくらはどうするかな」
 「殴られる前にとんずらしよう。でもコバヤシさんのオンボロFiatでは1kmも走らないうちに、Mr.Tのメルセデスに追い越される。投げをくわされて、ふたりまとめてでっかいトランクに積み込まれて、翌日ブリスベンリバーにどんぶらこ」後藤は人ごとのように言うので笑ってしまった。

 ふと麗朱がうつむいているのに気づいた。
 「どうした?ショックだった?」
 麗朱はうなずいて「わたし・・・」
 どうやら涙を流していた。鼻をひとすすりしてから小さな声が聞こえた。
 「ここで働きたい。ここでずっと働かないとだめなの」

 麗朱の家庭はしばらく前に日本からオーストラリアに移住してきた。細かいことは聞かなかったけれど、どうやら夜逃げ同然の状態でこっちに来て、家族みんな働いているという。彼女の年ならまだ大学生の年齢だろう。果たしてきちんとした滞在許可は持っているのかさえ聞いていない。彼女の“ここで働きたい”、そのことばが痛かった。

 Ray  引用元(部分)
 
 「麗朱、まだあきらめていないよ。ぼくも後藤も」わたしはつとめて明るく言った。
 昨日、後藤と一緒にKOTOに行ったこと、そこで言われたことをかいつまんで話した。

 「堀田店長は“お客さんの近いところで商売を考えなさい”と言うんだ。」
 「お客さんの近いところ・・・?」麗朱が鼻声で繰り返した。
 「そう。たぶんお客さんが食べている姿を見て、考えて、もっと話しを聞きなさいということだと思うんだ」わたしはぐっと椅子を引き寄せて、背筋を伸ばして言った。「そこで思いついたんだけど、麗朱やワンダの家族や知人をこの店に呼べないだろうか?」
 「呼ぶって?」ワンダが訊いた。
 「料理を食べてもらって、この店の意見を聴きたいんだ」
 「なるほど。ジカに意見を聴くんだ。賛成!」後藤が言った。
 「でも、誰に来てもらうの?」麗朱がおずおずと訊いた。
 「お父さんとかお母さんはムリ?」わたしは彼女の目をうかがった
 「大丈夫だと思うけど・・・聞いてみます」
 ワンダはニコリとして言った。「ワタシのペアレンツ、遠いので、Universityの友だちに来てもらいます」
 「コバヤシさん、そのときの料理はタダでいいの?」後藤が言った。
 「ああ。フリーランチだ。何とかごまかしちまうさ。来週のもっともヒマそうな日の午後1時くらいからどうだろうか?」
 「賛成!」後藤が言った。
 「あきらめちゃダメ、だよね」麗朱が鼻をすすりながら言った。
 ワンダが微笑んだ。「Ray、そうだよ。あっきらめちゃだめ。お客さん、ドコドコにしましょう」
 「お客さんは“どんどん”だよ」後藤がまた訂正した。
 ワンダは口をタテに大きく開けて言った「ドコォ、ドコォ」
 「違うって。それじゃあ“お客さんはどこ?”みたいじゃないか」みんなで笑った。

【12】お客さんはドコォ? 1/5 *******************

 ようやく土曜日になった。今週はやけに長かった。思えばMr.Tの電話がはじまりだ。“明日そっちに行くぞ”。彼はこう言った。普段はブリスベンのダウンタウンで、日本料理店SAKURA本店の店長兼オーナーをするMr.T。店長というよりも、元空手道場を張っていた、ヒゲをたてた闘士と言ったほうがいい。電話の翌日、SAKURA2号店にやって来てこう言った。

 「来月も売上が上がらないなら、コバヤシ、お前を殴る」

 その目は、相手の物理的な立ち位置だけでなく、心の立ち位置まで見抜く。距離を縮めてまず気合いの発声のようにことばで刺す。その次は容赦なく拳で倒す。これがMr.Tのこれまでの人生の方程式だった。

 Karate  DVD『黒帯』 引用元(部分) 

 わたしはそれから起きたことを、フラッシュバックで思い返した。だが今日が終われば明日はお休みだ。“お客さまに近いところで考える”ランチョン・ミーティングの作戦を練りたい。前を向こう。料理をどう出そうか。それで何を感じるか。何を良くすればいいのだろうか。専念しよう。

 そこに、電話が鳴った。

 電話に出たワンダがこっちを向いた。「コバヤシさん、シュッ、シュッ!」と拳を打つマネをした。Mr.Tからだった。自分の顔がゆがんだのがわかった。まるでアクシデンタルにドリアンを食べてしまったような顔だろう。電話にでた。

 「おい、コバヤシ!」という一声が聞こえた。いよいよかと思えば、別の命令だった。それもまたボディブローではあった。

 「コバヤシ、明日出るぞ。準備しておけ。後藤にも伝えておけ」

 Mr.Tは普段から「ハイ!」という答えしか用意されない会話をするが、これもそのひとつだ。「出るぞ」とは“海”で、ブリスベンのハーバーに彼が泊める釣り用のプレジャーボートから海洋に出ることだ。「準備」とは“お前らふたりも来い”という命令だった。

 “プレジャーボート”は抜け目なく会社保有だ。そのボートで釣りに出るのがMr.Tの楽しみだった。グレートバリアリーフにプライベートのプレジャーボート。成功のあかしのように聞こえるが、それはワーキングホリデーのアルバイトいじめの象徴でもあった。

          ********************
 
 日曜日の朝、Mr.Tの命令に従って、スニーカー、タオル、日焼け止め、そして作業用の手袋を後部座席に放り込んで、途中で後藤をひろい、老いたFiatでハーバーに向った。潮風に近づけば近づくほどFiatは、しゃっくりをするかのように、ときどきエンジンを震わせる。コイツもイヤがっているのだ。

 「せっかくの休みなのに・・・よりによって“プレッシャー・ボート”とはねぇ・・・」後藤はまだブツクサ言っている。
 「殴られるよりマシだろう?」
 「いや殴られた方がマシですよ。これやると、ほんと日本に帰りたくなる」
 「いずれそうなるさ」
 美しい海ともおさらば。Mr.Tともおさらば。南の日本世界ともおさらば。旅はいつか終わるのだから・・・。

 後藤は話し続けた。「Mr.Tの店のために働きに来たわけじゃないし」
 「じゃ、何のために来たんだ?」
 「探しに来たんですよ」
 「何を?」
 「安住の地を」
 「嘘だろ、ホントは女の子でも探しにきたんだろう?」
 「それもあるけど、たしかに」後藤は笑った。「ここはこわれてないから」
 「こわれていない?」
 「こわれていない場所で、こわされずに働き、こわれずに生きる」後藤はよどみなく言った。
 「気の利いたセリフだな。誰かの言葉か?」半ばからかって言った。
 後藤は続けた。
 「きっとみんな、だからオーストラリアに来るんじゃないですか。日本がイヤだとか、働くのがつまらないということだけじゃなくて、自分がこわれていくのがイヤなんだと思う。まだ地球上で、こわれていない地に行きたい。大人から見ればそれは“逃避”と片付けられる。社会に適応できないドロップアウトって言われる」
 わたしはことばを待った。
 「でもボクらにしてみれば、逃げているわけじゃなくて、つかまりたくない。つかまるとこわされる。そんな恐怖心から、日本を出るんじゃないだろうか」

 “たまには気の利いたことを言うな”とわたしは思った。こわれてゆくのはなんだろうか。自分の生活リズムだろうか。人間関係だろうか。ほんとうにやりたくて、やろうとさえしていない夢だろうか。いずれもYesだ。でも、もっと根っこにあるのは、“ほんとうの自分”なのかもしれない。笑顔を無くして、不平や不満に満ちて働く社会人たちの姿には、これがオレだな、という自分の姿も影も見えない。

【13】お客さんはドコォ? 2/5 *******************

 「よぉ〜し、コバヤシ、後藤、移動するぞ!」 Mr.Tの言葉が青い海に響き渡った。直射日光と海からの照り返しで黒く焼けたMr.Tは、魚を追いかけるのに夢中だ。黒い顔に白目が妙に目立つ。

 上背はない。170cmそこそこの身体ながら、鍛え抜いた足腰、太い首、ナイフも刺さりそうにない二の腕、ごつごつの指、まだ空手家そのものだ。口髭には笑みをただよわせても、相手がどう出てくるかいつも観察している眼光は決して笑うことがない。健全な精神、健全な肉体にやどるというが、抜け目ない精神、抜け目ない肉体にやどるのだ。小さくても相手を威圧するために、拳を頂点にした肉体改造をしてきた。それがMr.Tだ。

 「ハイ!」 われわれは海のしぶきを呑み込んで叫んだ。

 返事はしたが、もうこれで3度目の移動だ。魚群探知機で魚の群れを探しては釣り糸を垂らす。魚がかからない。また探知機を見る。群れが探知レーダーからどこに移るのかを確認する。離れた群れを追って船を移動させる。群れの真上にさしかかったとき、群れを掬いあげるために錨を下ろす。いや、たいてい下ろすときに群れは散りかけている。そこでまたわたしと後藤の出番だ。手の平も腕もしびれ、ヒザはガクガクし、腰は伸びない。
 
 それでも手足をふんばって錨(いかり)をあげる。わたしと後藤は錨上げ下げ滑車ではないのだ。
 「ま、ま・・る・・で・・・地球をあげるようだ」歯をくいしばって揚げようとしても、最初はビクともしない。鉛のバケツだってこれほど重くない。
 「腰で引け、腰で引くんだ!」 Mr.Tから激が飛ぶが、相手は地球だ。そうやすやすと引けない。海水を含んだロープも冷たくて硬い。「ハァ、アァ、アァ!」と言葉にならない合いの手を二人で入れて、ようやく錨を甲板にあげる。プレジャー(快楽)のカケラもないボート遊びだ。

 20080505183210 引用元

 「まさに“ワーキングホリデー”!」後藤が喉を絞りあげて言う。
 「ぅ・・うん!しかしワーキングホリデーってジャングリッシュ(Janglish)じゃないのか?」

 何の意味もない錨とのダイアローグだ。プレジャーボートは、たしかに成功のあかしではあった。10名ほど乗れそうなボートには後部に2箇所のフィッシング席があり、デッキ下部にはサロンスペース、ベッドにもなる革張りソファ、ワインクーラー、キャビネット、化粧室、ギャレー(流し)、運転席のシートも革張りだ。そして魚群探知器があり、なぜか錨の巻き揚げ用のウィンチだけがない。嫌がらせとしか思えなかった。

          ********************

 デッキから見渡すかぎり、南国のブルーオーシャンが360度続く。こんなに快楽でいっぱいの世界に浮かんでいるのに、どうして苦行を強いられるのだろうか?プレジャーとは誰かの犠牲の上に成り立つのか。Mr.Tのプレジャーのために後藤とわたしが犠牲になる。魚たちも追い回され、逃げ切れないものたちが犠牲になる。

 サービス業も同じなのだろうか。誰かが誰かのプレジャーの犠牲となる。犠牲になっていることをおくびにもださず、キツくても笑顔をふりまく。笑顔のマニュアルとチェック用の鏡が標準化されているというハンバーガーチェーンを思いだした。それがサービス業の宿命なのか。“犠牲の連鎖”こそが社会なのだろうか?

 「“太陽がいっぱい”って映画、あったよな」わたしは息をきらして言った。
 「あの・・・アラン・ドロンの映画?」後藤も息はみだれていた。
 Mr.Tが釣り糸を垂れる後尾からは、船首に座り込んだわれわれまでは距離があり波の音で聞きとられる心配はない。  
 「そうだ。ヨットで富豪を殺して、そいつになりすまして金持ちになる話だ」
 「“珊瑚礁がいっぱい”な海で、死体を珊瑚礁に結んでおけばー」
 「珊瑚礁じゃちょっと不安だな」わたしは苦笑した。「殺っちゃうか」わたしは日焼けで痛くなった腕をさすった。「殴られなくてすむし」
 「こわれなくてすむから」後藤は言い足した。

          ********************

 わたしは傷んだ手の平を海水で擦りながら、珊瑚礁の宝庫、“こわれていない海”の果てをみつめた。

 「しかもやっていることは魚を追いかけることばかりだ」
 「まるで“お客さんはドコォ?”だな」後藤がヤケのように大きな声で言った。
 向こうのMr.Tから何か言ったか?という声が聞こえたが、わたしたちは聞こえないフリをした。
 「これじゃ魚だってオレたちだって、逃げたくなるさ」わたしは剥けた手の皮を海に投げ入れた。

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【14】お客さんはドコォ? 3/5 *******************

 プレジャーボートの日の釣りの成果はゼロではなかったが、わたしと後藤が失ったカロリーに見合うほどではなかった。魚の群れを追って漁場を探すのはしょせんムリがある。エンジン音とガソリンの匂いを海にまきちらす文明が近くにやってくれば、魚は本能的に逃げる。追えば追うほど魚は逃げる。それをまた追う。どこかムリなんだ。

 桟橋で軽油を補給するプレジャーボートを眺めて、思いの海にさまよった。

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 ボートに投資ができるMr.Tと違って、わたしも後藤もやってこないお客さんを“素潜り”で追いかけているようなものだ。“お客さん探知機”を持たない身にはつらい潜りだ。いや違うのかもしれない。わたしの手に、お客さん探知機があったとしても、それはお客さんをより良く見えるようにするだけだ。探知機なんてなくても、潮の流れや海水の温度や風向きなどの自然の法則に従えば、泳ぐ魚は感知できるはず。魚の根っからの習性を知ればいい。

 魚もわたしや後藤も、逃げる者の気持ちはどこか似かよう。どこか顔が似てくる。捕まえてみると似たような顔をしている。やっぱりこわれるスピードの方が速かったな、と。自分がどれだけこわれてしまったか知っているさ、というように。捕まえた漁師は、きっとMr.Tのように無造作なのだろう。

 空手の有段者で師範であるMr.Tは、ダウンアンダーの国に空手を普及させてきた先駆者でもある。だが実は、彼も同じなのかもしれない。日本で道場を開けないから、南の国に逃げてきて、空手道を普及させる道を選んだのかもしれない。こわされないように、ここに来たのかもしれない。

 こんな禁じ手もやったと聞いた。自分の空手教室が他の教室に生徒を奪われると、相手の教室に飛び切り強い有段者を潜入させて、師範をたたきのめして、“こんな弱い師範には教われない”と触れまわさせた。相手をたたきのめして自分が勝ち上がる。その報酬が“プレジャーボート”というわけだ。

 そのプレジャーは誰も幸せにしていない。自分の虚栄心を満たし、不幸せを広げるだけだ。

 どうやらわたしは軽油の匂いにむせて妄想を抱いたらしい。後藤に目配せをして、ガソリンを喉に詰まらせるように走る老Fiatで帰ることにした。

          ********************

 翌日の月曜日の昼は静かだった。記録的にお客さんが来なかった。昨日あれほど魚を追いかけた代償だろうか。

 “フリーランチ”で仮想お客さまに話しを聴くのは、明日の火曜日のランチのあとだ。今日はその仕込みに専念しよう。わたしと後藤はフリーランチの仕込み準備にとりかかった。明日は麗朱のご両親と知人、ワンダの日本語学科の同級生らがやってくるはずだ。特別なことはせずに、ありのままを体験してもらって、食べてもらったあとに意見をもらおう。

 ところが夜になり予想外にお客さんがやってきた。オージーに日本人に韓国人とまだら模様だが、わたしたちが少しだけ前向きになったのが以心伝心したのだろうか?ほとんどの食卓が料理でうまり、笑顔が広がっていた。久しぶりに忙しい麗朱もワンダも、頬を紅くて楽しそうだ。
 
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 普段どおりのメニューだが、サーブの仕方だけを変えた。ちょうど中華料理の“点心”のように、料理を小皿に小分けをした。少しずつたくさん食べてもらって意見を聴くというねらいからだ。

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 “お客さま”たちは三々五々集まってきた。麗朱の家族は父と母と彼女の妹の、その知人一人の計4人だ。ワンダの友人でオージーの女性1名、そして飛び入り参加は後藤の友人、わたしたちと同じワーホリの放浪日本人ふたり。何やら腹を空かしているらしい。あわせて7名だ。テーブルを寄せて、全員がひとつのテーブルに座るようにした。

 用意した“点心メニュー”は刺身、天ぷら、揚げだし豆腐、肉じゃが、納豆、焼きおにぎり、みそ汁にソバ。極めつけの日本料理ばかりを出していった。麗朱もワンダも普段どおりに立ち振る舞い、わたしも後藤も普段どおりの味を気をつけた。そのままのSAKURA2号店を食べてもらいたかった。

 刺身を出すと、ワンダの友人のオージー女性が「Oh!Raw food!」と呟くのが聴こえた。お箸の持ちかたもおぼつかない。隣に座ったワーキングホリデーの日本人男性が、持ちかたの見本を見せている。だが彼の箸の持ちかた自体がちょっとヘンだ。わさびをのせて、醤油の小皿にドリップして口にほおばると「Woo!」と言って鼻をおさえた。みんなが笑った。

 てんぷらを出すと、長く日本にいた麗朱の父が、大根おろしを掬い天つゆに入れ、食べてうなずいた。母のほうは塩がほしいと言ったので盛りつけた。若いワーキングホリデーの日本人は、肉じゃがをかきこむように食べるし、納豆には芥子をのせて醤油をかけて、ご飯が欲しいなあとつぶやいている。焼きおにぎりはオージー女性にも好評で、「This is Great!」の声さえもらえた。

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引用元
 

【15】お客さんはドコォ? 4/5 *******************

 どうやら味は満足してもらえた。後藤とわたしで小皿を片付けて、麗朱とワンダが日本茶の用意をした。わたしは頃合いを見はからって言った。

 「今日はありがとうございました。麗朱やワンダ、後藤から話は聞いていると思いますが、わたしたちはこの店をもっと良いお店にしたい、お客さまが喜ぶお店にしたいんです。ご意見をお願いします」気恥ずかしかったけれど、背に腹は代えられない。

 「料理、美味しいと思うよ。お店もサービスもまずまず」と麗朱のお父さんが口火をきった。「わたしは日本にもいたことがあるから、そう思うのかもしれないが、日本の味がよく出ていると思う」
 奥さんもうなずいた。「ホント、美味しかったわ。もっと流行らないとダメね」とまっすぐなことを言われて苦笑するしかなかった。麗朱はお母さんをにらみつけるように目配せした。
 
 「同感。ひさしぶりの日本食、美味しかった」ワーキングホリデーの若者が言うと、隣のもうひとりも口をそろえた。「日本食を食べようとすると、あの偽のジャパニーズ・ラーメン屋だもんな。あそこはマズいよ」
 「マズくてもお金がないから、いっちゃうんだよな」
 「お金がもしも余裕があったら、KOTOとSAKURA、どっちに行く?」後藤が彼らに訊いた。「正直に答えろよ」
 そう言われてもふたりはモジモジしてなかなか答えない。わたしが助け舟を出した。「KOTOの方が構えも料理もいいからね」
 「う〜ん。たぶんKOTOだ」若者のひとりがそう言うとみんな笑った。「でもね、味はきっと大きな違いがないと思う。KOTOに行くのは、いかにも“日本料理店に行きました!”という話題になるからかな」
 「ひとりだったらKOTOには行かないな」もうひとりの若者もうなずいた。
 「なぜ?」わたしが訊いた。
 「何ていうか。敷居が高いんだよね」
 ワンダがそのことばを繰り返した。「四季・・・がタカイ、ですか?」
 「ワンダ、シキじゃない、シ・キ・イだよ」後藤が言った。「意味はね、なんて言えばいいかな。説明がむつかしい」
 「お店に入りにくいっていうことかな?」わたしがいった。
 「そう。やっぱり格式ばっていて、入りにくいなあ」
 「SHIKII GA TAKAI」ワンダは手元の手帳にフレーズを書いているようだ。「これ覚えます」

 ワンダの友人の女子大生が言った。「このお店も、たくさん、SHIKII GA TAKAIです」イントネーションは怪しいけれど、日本語学科だけあって巧みな日本語だった。「英語で言いますが・・・」

  彼女が言うところでは、この店でさえもシキイが高いのだ。日本食はいろいろなルールが多い(お箸の使い方だけでなく、食べる順序、作法のことだろう)、 ソースやドレッシングの決まり事がわかりにくい(醤油、芥子、お酢、唐辛子、胡椒、てんぷらには塩だってある)、何と何をいっしょに食べるのか、食べられ ないのかがわからない(たしかに納豆をどうやって食べるかなんて、関西より南の人にはいまだに知らない人も多い)。ようするに“日本食ルール”がむつかし い、というのだ。

 「なるほど。そう言われてみるとたしかに日本食はSHIKII GA TAKAIなあ」後藤が言った。
 「わたしはまだ日本食、よく知りません。ワサビはso hardです」みんな笑った。彼女は続けた。「ふつうのオーストラリアンならもっとhardで、きっとムツかしい」
 麗朱の父が言った。「オーストラリアンにシキイが高いのはわかるよ。なんていっても肉ばかりの国だし。レストランに行ってまわりが日本人ばかりのお客さんなら、その中で箸がもてないと恥ずかしいだろうしね」
 「てんぷらには塩がいい、なんてもっとわからないわね」母がにっこりとしながら言った。
 “そうか敷居が高い・・・か”。わたしはそのことばを噛み締めた。敷居を低くするにはどうしたらいいんだろう?
 
 「私、SHIKIなら知ってます。Four seasonsですね」女子大生が言った。
 「Yes.日本の四季、It's so beautiful.」ワンダが言った。
 「日本に行ったことあるの?」ふたりとも頭を横に振った。
 「でもハルゥにニホンに行きたい」と女子大生。
 「ハルゥ、それSpringのこと?」イントネーション修正家の後藤は聴き逃さなかった。
 女子大生はうなずいた。「おかしいですか?」
 「ハ、ル。ハイもう一度言って」女子大生はゆっくりと発音した。みんが笑った。わたしは訊いた。
 「なぜ春がいいの?」
 「ハルにはサクラが咲きます。サクラを見たい」

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        ********************

みんなが帰ったあと、片付けもせずにわたしはぼんやりと考えていた。

 「たくさん、SHIKII GA TAKAIです」

  敷居が高い・・・・KOTOだけでなくSAKURA2号店でさえ。KOTOはむしろ敷居を高くするからお客さんが集まるのだ。こんなちっぽけな SAKURA2号店が敷居が高くては、お客さんが来るはずがない。低くするにはどうしたらいいのだろうか?わたしは紙ナプキンを取り、ボールペンで 「SHIKII」と書いた。

Sikii 引用元 

ルール、作法、決まり事、行儀、マナー、格式・・・・たしかに日本食ほど決まり事が多い料理はない。 日本に生まれて育てば、決まり事はからだにしみつくので、それがどのくらいむつかしいことかわからない。どこの国にも決まり事やタブーはあるが、たかがお 茶の淹れかたひとつで人が殺されるほどのウンチクがある国があるだろうか?
 
 だがSHIKIIの感想を、どうSAKURA2号店に生かせばいいのか?まだわたしの中で案が思いつかない。だがきっとー。

 桜が咲く日がやってくる。冬があれば春があるのだから。

【16】お客さんはドコォ? 5/5 *******************

 豪州ブリスベンのダウンタウンの日本料理店『SAKURA』に漂着したふたりの若い日本人、コバヤシと後藤。SAKURA2号店をめぐり、失意と熱意と成長を描く“マーケティング・エンターテイメント物語”。その15回目です。場面は“お客さまの近いところで考えるランチョンミーティング”が終わって。前回の15回目まではこちら。

 わたしはテーブルの上の醤油の容器を手にした。これは英語ではSoy sauce。大豆のソース。ソースという語感がしっくりこない。やはり醤油は醤油なのだ。そこにすでに“SHIKII”がありそうだ。フト掘田店長が言っていたことが心に浮かんだ。

 “その調味料を知ってもらうこと、その調味料を現地の人にも親しみやすいものにして共通語にしたい”

 “Syoyu”じゃなくてSoy sauceであってもいい。でも異国の人にも親しみやすい日本料理なら、どこかでSHIKIIを低くしたい。いったん体験して中に入ってもらえれば、奥が深い日本料理に興味も持ってくれる。決まり事もルールも、興味をもってくれるのではないだろうか?それは日本食の姿を現地向けに変えてしまって、甘いビーフボールを牛丼ということではない。

          ********************


 “点心フリーランチ”の小皿を積み重ねてシンクにおいた。その洗いは後にして、もう4時過ぎだ。そろそろディナータイムの仕込みをしないと間に合わないぞ。

 店の入口のドアが開いた気がした。厨房からホールを見るとそこには麗朱がいた。両親と一緒に帰ったのではなかったのだろうか。まだディナータイムには時間があるのにと思っていると、エプロンをして厨房に入って来た。

 「片付け、手伝います」麗朱はシンクの小皿をスポンジで洗い出した。シンクには同じ柄の皿もあれば、似たようなサイズの皿もある。お皿を総動員したかのような量だ。
 わたしと後藤は顔を見合わせて微笑んだ。「助かるよ。ありがとう」わたしが言った。
 「楽しかった、さっき」麗朱の手からキュッキュッとお皿が擦られる音がした。「たくさんのメニューを少しずつたくさん食べられるのっていいな」
 「そうだね。点心(テンシン)って楽しいよね」後藤がサラダ菜をむきながら言った。
 「ノンノン。dianxin(dim sam)です」麗朱が発音を正した。
 「おっとやられた!ディム、サム?」
 「まあまあね」
 みんなで笑った。最近は笑うことさえあまりなかった。

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まるで昨夜一夜で今週分のお客さんが来てしまったかのように、その夜はさっぱりだった。良いことは続かないのか。いや、ひたむきでさえあり続ければ、良いことが少しずつ増えてくるものなのだ。やるべきことを積み重ねよう。麗朱が洗ってくれたディムサムの小皿を水を切り、積み重ねて食器棚に入れた。麗朱もワンダも帰り、後藤も「じゃあ」と口の中でつぶやいて帰っていった。ひとりになった。

 「今日は疲れた」自分にお疲れさま、と言ってわたしも帰りかえかとき、前にすき焼き用のエプロンに書いたマトリクス図が眼に入った。お客さんのことを考えた図だ。冷蔵庫の扉に磁石で付けてあった。今こそもう一度考えるときかもしれない。

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 あらためてそれを見た。“オージー”と“異国フードとしての日本料理”のマスには『初心者 体験』と書いた。ちょうど今日来たオージーの女子大生だ。ワンダも女子学生も和食や日本文化に興味がある。でも深く理解しているわけじゃなくて、“体験”として食べている。

 “日本人”と“自国料理としての日本料理”のマスには『ベテラン 味にうるさい』と書いた。今日のワーホリの若者、台湾人ではあるが滞日期間も長い麗朱の家族がここだ。理解の度あいはあるにせよ、日本の文化を知り、味に育ってきた。彼らは異国の地で自国フードを懐かしみ、ホンモノじゃないとウンチクをたれる。

 フト気づいた。日本食の“SIKII”はこの2つの人びとを分けているのだ。初心者の体験やベテランの思いを分けている。わたしは横に一本線を引いた。
 
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 それが“敷居”だ。そうだとすると、左下のマスは“日本食を知りたい”。食べかたや美味しいものを教わりたい、もっといろいろ食べてみたい。そんな気持ちだろう。わたしは『教わりたい いろいろ食べたい』とそこに書きこんだ。

 右上はどうだろうか。わたしたち日本人がここオーストラリアで異国フードを調理するのは、その良さを“広めたい”からじゃないだろうか。ベテランや味にうるさい人びとを満足させるのではなく、そんな人びとが、異国の日本食初心者にその良さを伝えてあげればいいじゃないか。わたしはそこに『広めたい 伝えたい』と書いた。

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 敷居はボーダー(国境)でもある。人びとの心の壁である。それを壊していけばいい。

 どうやって?わたしは誰もいない厨房をぐるりと見回した。そこのどこかに解答があるはずだ。きっと見つけよう。自分のためにもみんなのためにも。マトリクスのエプロンの紙を、再び冷蔵庫の表に付けて電気を消した 。

【17】 all you can eat Japan 1/7 *****************

 ランチの終わりの頃、電話が鳴った。鳴る音にどこか人に有無を言わせない、傍若無人な響きがあった。受話器を取ったワンダがこちらを見て目配せをした。案 の定、Mr.Tからだった。わたしはため息を深くついた。店舗の業績が伸びず、“コバヤシ、お前を殴る”と言われてから、まだ2週間と経っていない。いや 彼にはたった2週間でも長過ぎるのだろう。

 相手が闘い始めの呼吸さえ整えていないとき、構えるか構えないかのうちに叩きのめすのが Mr.Tと言われた。先手必勝のコンタクト空手で養ってきた闘争本能がある。にらみつけて怯えさせることで、自分に有利な間合いをたもつ。オレはいつでも 襲いかかれるぞという構えを見せて、恐怖で人を縛り付ける。まるで逃亡を許さない監禁者だ。

 わたしは償いきれない罪を犯した懺悔者が、神父に“聖書に手をおきなさい”とぴしゃりと言われたかのように受話器に触れた。ドスの利いた空手家の声がやってきた。

 「コバヤシ、こっちへ来い。どうせそっちはドヒマだろう」

  殴られるわけではなさそうだった。SAKURA本店のシェフの要であるKIMさんの体調がすぐれない。ランチは何とかこなしたが、午後はとても働ける体調 ではなく帰宅したいという。マレーシアから移民した彼のオーストラリアン・ワイフが、きっと何かワガママを言っているに違いない。割を食うのがわたしで あった。

 ディナーの仕込みは手当がついているが、間が悪いことにケータリングの注文が入っていた。日系の会社に日本料理を届けるご依頼 だ。寿司に刺身に焼き魚に茶碗蒸しに…。スキがあるから仕事を押し込まれるとも言えるが、手伝えというのは頼りにされた。ひととおりこなせるワーホリ崩れ のわたしも戦力なのだ。構えさえ悪くなければ、奇襲にも対処はできる。

 わたしはSAKURA2号店のランチの後片付けを後藤にまかせ て、アタマにはちまき、上下は調理着のかっこうのまま我が老いたFiatに乗りこんだ。道場破りにあった師範の道場に助っ人にいくような気分だ。イグニッ ションを回すと、珍しく一発でエンジンが回りだした。ブリスベンのダウンタウンに向かうウィンドウシールドから見える亜熱帯の空は、ゆっくりとグレイの雲 が出てきていた。どうやらスコールがありそうだ。

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SAKURA本店の入口、ランチの終わりを示す“Closed”の札 がかかっていた。ストリートに面したビルの2階にある店舗まで、薄暗い階段を駆け上がり、ホールへのエントランスへ向かった。レジの奥にある小さな事務ス ペースに、たいていMr.Tは陣取る。今は扉が半開きにない暗い部屋である。どうやら出かけているらしい。

 半ばほっと、半ば拍子抜けし たわたしは、厨房に入った。SAKURA2号店よりもたっぷりとしたスペースだ。洗い場、サラダ場、仕込み・調理までセクションが分かれている。ここに比 べるとSAKURA2号店は家庭のキッチンに毛が生えたようなものだ。そもそも調理するメニューに限界もある。言い訳にはならないが。ケータリングの注文 書を探して宴会帳をめくった。すると後ろから声がかかった。

 「おはよう、コバヤシさん」Mr.Tの奥さんミセスTだった。「ごくろうさま。Tもいないし、今日はたまには気分転換ね。でもね、あっちお店の貧乏神は連れてこないでちょうだい」

 口では微笑みながら、ぴしゃりとしたあいさつだ。口が悪いのはいつものことだが、決してそれに慣れたことはない。空手家の奥さんだから言葉尻にもチョップが効くのだろうか。わたしは口の中で“おはようございます”の言葉をこねた。

  「XXXコーポレーションて日系の会社さんだったのね。知らなかったわ」ケータリング先の会社の名前を挙げて、彼女は手にしていた注文書を広げた。「新し い日本人ボスの就任祝いだそうよ。会議のあと、部下のオージーたちと日本食を食べて“同じ釜のメシ”かしらね。だからメニューは刺身に寿司にお蕎麦に茶碗 蒸しに味噌スープ、ニッポンてんこもり。これで満足して日本通になってくれるのだから、ラクよね〜」

 Mr.Tは30人前を準備するケー タリング食の搬入前に、病欠のKimさんの代役で、会場となる会社の大会議室で準備をしている。ケータリングといってもほとんど店で調理を済ませて、大皿 に並べた料理を搬入すれば終わりだ。立食パーティ形式で勝手に食べてもらう。刺身を盛り付け、寿司を握り、焼き魚をならべ、茶碗蒸しや味噌スープをふるま い、蕎麦でしめる。調理を済ませて搬入すればおわり。材料を仕込みさえすれば、皮肉とも拳ともおさらばできる。わたしは寿司用のライスを研ぐ準備にかかっ た。

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【18】 all you can eat Japan 2/7 *****************

ミセスTは鼻歌を歌いながら、冷蔵庫をパタンパタンと開けては閉め、次々に 材料をとりだしていった。皮肉なことばは気に障るが、彼女は異国の地での日本女性少なさゆえの“おまけ”はなく、かなりの美人である。格闘家が美人好みな のか、美人が格闘家を好きになるのか。戦いを挑む男を好む女には美人が多い。格闘と美は、惹き合うのが世の常なのか。美醜の組み合わせが生まれるのは、強 いことも勝利、美しいことも勝利という、格闘家特有の優越意識が響き合うからだろうか。

 調理着に包まれたミセスT。長い黒髪と色白の肌 のコントラスト。キリっと仕立て上げた眉と切れ長の眼の位置どりの絶妙さ。長過ぎず高過ぎずの鼻梁、締まった鼻翼は上品な味わいがあり、紅い唇はいや応な く色白さを目立たせている。中年にさしかかりつつも、多くの女性の中でいぜん勝ち上がる美しさがある。そんな女性が日本から遠く離れた南半球の調理場で、 なぜ働いているのだろうか。生活には苦労をしていないとはいえ、空手道場経営が傾いて、海外の地での“名士夫人”としてのステータスにも狂いが生じたはず だ。その運命を楽しんでいるのか、あるいは悲しんでいるのか。美しい仮面の下をのぞいてみたいと思った。

 「そういえばコバヤシさん」彼女は冷凍庫から魚の切り身を出しながら声をかけた。
 「何でしょうか」
 「Tは売上がもどらなかったら殴るって言ったそうだけど」冷凍食材を解凍するためにラップをパリパリと開けた。「なんであなたは逃げないの?」
 「さあ、なぜでしょうか」ストレートな問いにはあいまいに答えるしかないのだ。
 「さっと逃げちゃえばいいのに。でもつかまったらこんな切り身になっちゃうわよねぇ」魚の切り身をつかんでコツコツとテーブルを叩いた。「期待しているわ。コバヤシさんの切り身なんて、ちっとも美味しくなそうだし」
 彼女はそう言うとケラケラと笑いながら、また冷凍庫の扉をパタンパタンと開けて食材探しにかかった。わたしはうつむいて、研ぎ水の中の米を手のひらで一度握りしめた。

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引用元 

  「バラマンディ、幾つあるかしら」ステンレスのテーブルに並べたのは、ラップした切り身の食材のバラマンディだった。オーストラリアの北岸で穫れる、大き なものは2mにも達する白身魚だ。亜熱帯の海で棲息するこの魚、日本人も満足する繊細な味である。オーブンでローストして焼き魚の一品がメニューのひとつ だ。疑似的な日本料理としては文句がない。
 「25枚か。ちょっと足りないけど、大きめの切り身を分けちゃいましょうね。ほうれん草とレモンのソースでいいわね」
 わたしは野菜庫にかけつけて、ほうれん草とレモンを数えた。どちらも計画どおりの量があるようだ。

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引用元 

 わたしは魚のロースト、寿司ネタと刺身の仕込み、それが終わったら味噌汁の具材にとかかった。ミセスTはサラダ、茶碗蒸しと味噌汁とそして、ふたりでコンビネーションよく仕込みが続いた。ことばが少ないが動きがある厨房。至福の時間だった。

          
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 「コバヤシよ、腕がナマっていただろう。ちょうどいいトレーニングになったよな」

 ピクリとして振り向くと、いつのまにかMr.Tがいた。背後をつかれた。口元には笑みをただよわせているが、例によって目は笑っていない。近づきざまに肩をぽんと叩かれた。痛かった。彼なりの感謝の表現ではあるのだろう。

 「だんだん寿司らしいカタチをつくれるようになったじゃないか。上等、上等」

 Mr.Tはわたしがつくった寿司を、頭をかしげて側面からもチェックした。まったく嫌らしいレストラン・ファイターだ。

  そろそろケータリング搬入の準備にかからないとならない。準備ができた料理にラップを二重三重にかけた。茶碗蒸しは番重(ばんじゅう=料理を運搬する容 器)に入れた。取り皿や箸、ナイフとフォーク、カセットコンロなどはすでにMr.Tが会場に運んでいた。あとは料理を運べばいい。(続く)

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 Holden Commodore 引用元

【19】 all you can eat Japan 3/7 *****************

  わたしはSAKURA本店の裏の出入口に出た。そこにはオージーの国 民車とも言われるHolden Commodore(ホールデン・コモドア)の5ドアワゴンが駐まっている。Mr.Tがケータリングの運搬用にレンタルしてきた車だ。ラップをかけた大皿 料理や料理を入れたコンテナを荷室に積め込んでゆく。料理を取り分けるトングやカトラリー類、普通のオージーには使うのがむつかしいお箸も持ってゆく。ず んどうに入れたお味噌汁はこぼれてはまずいので、助手席に載せてわたしが両手両足で抱え込んでゆくことになった。

 Commodoreは ミセスTを後部座席に乗せて、Mr.Tの運転でゆっくりと走り出した。Holdenはオーストラリアの唯一の自動車メーカー。オーストラリアに国産自動車 メーカーがあるとは意外であったが、性能でもフィニッシュでも、日本車に遜色ない出来である。わたしの乗っている老いたFiat125とは違うスムーズな 走りだ。日本料理をオーストラリア車で運ぶ。両国の友好のあかしのような演出ではないだろうか。

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100mも走らないうちにウィンドウシールドの向こうにグレイの雲が 広がってきた。そして大粒の水滴がぶつかりだした。痛いくらいに水と物体がぶつかる音が聴こえてくる。そしてスコールになった。ワイパーが雨水をかきあげ た瞬間だけ小さな視界がひらける。だが滝のように流れる水流に景色がはばまれてしまう。Mr.Tは“しようがねえな”と舌打ちをしてゆっくりと走らせた。 スコールはたいてい20分もしないうちに通り過ぎるから、プルオーバー(停車)してやり過ごしてもいい。

 わたしはクィーズランドの内陸 部にドライブしたときのことを思いだした。海岸線とはまったくちがう自然の荒さが体験できる。スコールははっきりと竜巻に見える。竜巻はゆっくり動いてゆ く。それはどうみてもこちらに近づいてくるのだ。竜巻の渦中に入り、飛ばされればオーストラリアの大地が瞬間でも見渡せるのだろうか?上までいってすんな り降りれるなら、一度昇ってみたいものだ。

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くわえて足元にも“自然”がたくさんある。内陸部の道路の舗装状態 は、良い部分と悪い部分が極端にちがう。一車線道路ばかりで、両方向ですれ違いはできない。日本でいえばちょっと幅広い農道が幹道となっている“センター ラインがない道路”という感じだ。お互い譲り合って走るのが礼儀だ。日本と同じ左側通行の国、はみだした左側のタイヤは、路肩のグラベル(未舗装)道路に 足(タイヤ)を取られやすい。

 だからオーストラリアの車は左側から壊れると言われる。中古車の多くは左側のタイヤやサスペンションが摩 耗するのだ。奇妙なことである。まるで人間味があるがゆえに、道を譲り続けて、人生のメインストリートを偏った歩きかたをしてしまった人のようでないか。 そんなに譲らなくてもいいのにと第三者は言うけれど、彼/彼女にしてみれば、譲ることに使命を感じているのかもしれない。

 そんな妄想に ふけっているうちにフト我に返ると、Mr.Tは前方をじっとにらみつけて走っていた。ハンドルを抱えるという表現が正しい。さもないと水流で前が見えない から。開始時間に間に合わせるように、しかも料理を損なわないように、普段ふんぞり返って高級車を運転するMr.Tの姿からは思いも付かない慎重な運転 だ。

      ******************** 

ケータリング先の会社に到着した。平屋建てのビジネスコンプレックス、駐車場は外だ。濡れて運び込むしかない。自分は濡れても料理をびしょびしょにするわけにはゆかない。Mr.Tは車をバックで巧みに会社のエントランスに近よせた。

 「こんな雨になるなら、お弁当にでもすればよかったわね」ミセスTがため息まじりに言った。確かにそうだと思った。車のドアを開けると滝のようなスコールなのだ。ひるんだ。だが行くしかない。

 「コバヤシ!Hurry up!腰で運べ、腰で!」Mr.Tが怒鳴る。

  わたしは30人分たっぷりの味噌スープの入ったずんどうをよろめきながら運ぶ。とても腰でなんか持ち上がるものか。プレジャーボートの錨といい、ずんどう といい、南半球を持ち揚げるかのような重労働ばかりだ。だがスコールの滝の合間から見えるMr.Tの姿は、怒鳴るだけではなく、自らも手際よく大皿や番重 を運び込んでいる。さすがに空手家は動きは早い。感心している場合じゃない。

 息を切らせてすべての料理を会場となる大会議室に運び込ん だ。頭のねじりハチマキをとり絞ると、濯いでもないのに水がしたたった。わたしだけでなく、Mr.TもミセスTも息をきらせる中で宴の準備は終わった。こ れでお役ごめんだろう。SAKURA2号店にもどろうとして、わたしはMr.TとミセスTに声をかけた。

 「どうせヒマだろう。あっちは後藤にまかせて、お前はここで味噌汁をよそうくらいサービスをしろ」

  ヒマであるのは事実だがそういう言い方をされなくてもと思う。だがわたしはひとりでディナーをこなす後藤の姿を思い浮かべて、感謝した。Mr.Tはわたし とミセスTを会場に残して、本店にもどった。頃合いを見て迎えに来るというのだからいいだろう。

ミセスTとふたりきりになる。まるで好きになれないバ アヤと「一緒にいて待っててね」と、ママにおいてけぼりを食らった子どものように寂しくなった。ほどなくパーティが始まろうとした。

080218a21 引用元  

「Oh!SUSHI!」
  「Raw Fish, I love it!」
 
  マグロ、サーモン、海老、巻き寿司。これでもかというほど大きなネタをのせた寿司を前に、立食パーティにやってきた参加者たちが口々に言う。食べる前から “これは何?”と興味津々の面もちのオージーたちだった。もちろん彼らのうち何割かは日本食を食べたことはあるだろう。だが寿司にせよ刺身にせよ、当地の 人には安くない。たとえラーメン一杯作るのも、遠く日本を離れればかなり原価がかかる。価格もイメージも、まだまだ敷居が高い。

【20】 all you can eat Japan 4/7 *****************

ビールやワインでの乾杯が終わり、手にお皿を持つ人びとが入れ替わり立ち替わり、寿司や刺身の盛り合わせに群がった。箸が手につかず、お寿司を取れなくて“Ouchi!”などと聴こえてくる。

 Sushi
引用元

 わたしは寿司をお箸でつかめないオージーの代わりに、手で皿に分けてあげた。もちろんまな板に布巾という演出をいれながらだ。オージーたちは「Thanks」と言い、わたしは「No worries」とカジュアルな豪州英語で返した。
 
 「手でつかんで食べていいのか?」あるオージーが訊いてきた。
 「OK。箸でも手でもどちらでもいい」わたしは指で寿司つまむ格好をして、それを小皿の醤油を入れた小皿にとんとんとドリップさせる仕草をした。「醤油はNot so much。箸が使えるなら手を汚さなくてすみます」
 そのオージーは言われた通りの仕草でツナを取り上げて口に入れてニッコリした。見ていた回りの人びとがなるほど言うようにうなずいて、真似をした。食べ方がわかるサラダばかり盛りつけている人も見える。
 「わたしも箸がつかえないんだが」申しわけなさそうにあるオージーは言う。
 「No worries。ナイフとフォークでもかまわない」とわたしが答えた。
 お箸にトライしていた女性社員のお皿から、“寿司ボール”(にぎり)が落ちた。どっと笑いが起きて、彼女は残念そうに首を振って微笑んだ。
 
 「食べる順序はどうなんだ?」別のオージーが訊いた。
 わたしは“今日のような料理では”と前置きをしつつ、まずサラダボールの前に行き“salada”、そして刺身の皿の前に行き“entrée”、それから“Sushi”というように説明をした。こう付け加えた。

 「食べたいものから食べるのでいいんです」

 異国の日本料理、異国の人びとなのだから、楽しんでもらえればそれが一番だから。作法をうるさく言わなくてもいいじゃないか。オージーたちはわさびも見よう見まねで刺身につけて、Oh!という声を出している。そんな声が聞こえてくるのが楽しかった。

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 お箸も取り皿も瞬く間に減っていき、刺身も寿司もあっという間に減ってゆく。素人に毛がはえたようはワーキングホリデーのシェフの作ったものにこんなに喜んでくれるのだ。わたしはひそかに胸を撫で下ろした。

  ふと見回すとミセスTはどこにもいない。Mr.Tに置いてけぼりにされた時は彼女と一緒か、と思ったが、いないとなると寂しくなる。ダウンアンダーに流れ 着いたた少数民族の同朋の心だろうか。会場の部屋を出て、エントランスの前を通り過ぎた。ガラスのドアの向こうには、さっきのスコールが嘘のように晴れ渡 り、オレンジ色の夕焼けが広がっていた。わたしはドアを開けて外の風を感じた。スコール後の湿気に満ちた空気が顔にあたった。心地よかった。

        *************

 エントランスの外にミセスTがいた。ベンチに腰掛けて足を組み、ゆったりとマールボロから煙を吐く。美人のアンニュイなタバコほど絵になるものはない。

 「ごくろうさま」 こちらを見ずにミセスTは言った。
 「いいえ」わたしも彼女の方を見ずに、雨上がりの空にたなびく、オレンジ色の綿菓子のような薄い雲を見上げて、う〜んと伸びをした。
 ミセスTは灰皿にマールボロを押し付けて消して言った。「しっかりやってね」
 わたしは彼女の顔を見返した。「何のことですか?」
 「ちょっと見直しているのよ」ベンチに腰掛けるミセスTは調理着の両足の伸びをした。


【20】 all you can eat Japan 5/7 *****************

「他のワーキングホリデーの人たちは、みんな逃げ出すだけ。Tの拳に脅されて消えるか、ほんとうに殴られていなくなるか。でもあなたと後藤さんは立ち向かっているわ。これまでそんなワーホリの人はいなかった」ミセスTは右手で髪をかきあげた。
  「空手ブームが過ぎて道場の経営が思わしくなくなったとき、Tは日本料理をやろうと言い出したの。まだブリスベンにはまともな日本料理店がひとつもなかっ たから、チャンスだろうと思ったのでしょうね。わたしは賛成しなかったのよ。スポーツ選手がレストランをやるのも、やって失敗するのもありふれているで しょう?それにこんな四季がなくて、暑いところで、日本料理なんてわたしは反対だった」
  わたしは何も言わず聴いていた。

  「凝り性だから日本の知人のツテを頼って学びにも行ったけれど、本格とはいえないわね。しかも彼がやろうとしたのはオーセンティックな日本料理。日本人 シェフを雇うのは高いし、チームで動くから結局あきらめたの。しかもこっちで日本の食材コストはとっても高いから、現地のエリート日本人相手になるで しょ。シドニーやメルボルンに比べてここは日本人が少ない。うまくゆかないと思ったの」
 「でもうまくいった」わたしは口をはさんだ。

  「それはね、未開の地で先頭を切るのがTの得意技だったからよ。ひとりでブリスベンにやってきたとき、空手道場はひとつもなかった。だから空手とは何か? を普及させることから始めなきゃならなかった。“Strong enough, Mate?”なんてスローガンをつくって、君は強くなりたくないのか!と打ち出したのね。ちょうど格闘技ブームが追い風になった。道場は繁盛したわ。ブー ムをあてこんで後からできた道場を蹴落とすため、道場破りのようなこともしたしね」ミセスTは小さく笑った。
 わたしは心の中でうなずいた。

 「Tはコンプレックスをバネにしてきたの」

 彼女は2本目のマールボロに火を点けて、ふぅっと吐き出した。「強くなりたいと思う人ほど、コンプレックスが強いのね」
 わたしはからだの内側でうなずいた。
  「最初は日本の地方都市で小さな道場を支部として開いたの。そこで入門者も集めたけれど、しょせんは本部の支部。本部のブランドで生徒が集まっているだけ だ、オレ自身の力じゃない、オレにはもっと何かできるはずだと思っていたの。自分は一番になれる、ならないと気が済まない。それで南半球の空手未開の地に チャレンジしたのね」

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 「SAKURAも同じなの。ブリスベンではまだ本格的な日本料理がなかったから、一番になれるチャンスがあると思った。これが日本料理だと言い切って、突き進めさえすればよかった。運がよかったのよね」
 「待っているだけでは運はやってこない」わたしは、彼女にも自分にも言うでもないセリフを口した。
 「そのとおり。正しいと思ったことをし続けないとダメよ」マールボロの煙の中で彼女が続けた。「でもほんとうに日本料理を現地に広めようとすると、壁があるわ」
 「オージーに日本食は“敷居が高い”と言われました」わたしは言った。
 「そうねえ。SAKURA2号店では日本人相手だけではお客さんが足りない。何とか敷居を低くしてオージーに食べてもらわないとだめね」彼女はわたしを見た。「期待しているのよ、あなたたちに」

         ******************** 

 わたしたちはケータリングの会場にもどった。味噌スープを振る舞いながら、日本食を楽しむオージー たちを見ていた。SAKURA2号店では見かけたことがないオージーたちの表情がある。Raw Fishが嫌いな人は巻き寿司を食べ、バラマンディのローストでお箸の使い方を学び、茶碗蒸しの具をスプーンですくい、しげしげと見つめる。味噌汁をスー プスプーンで飲む人がいるのに閉口したが、まあそれもいいかなと思った。彼らにとってはスープなのだ。

 彼らは日本食を自分たちなりに楽しんでいる。それが幸せな顔の素だ。

  会場から皿や什器を積み込んだMr.Tの運転するCommodoreワゴンに揺られ、わたしは“何かがやってきそうな”胸騒ぎを覚えていた。ゆっくりと今 日あったことを考えた。車の窓の外の夜空を眺めた。スコールの雨風は空一面の雲をすっかり吹き飛ばして、星のキラキラした灯りが道を照らしていた。

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 “こんな雨が降るなら、お弁当にでもすればよかったわね”
 ミセスTのことばを思いだした。

 「手でつかんで食べていいのか?」とあるオージーが訊いた。
 わたしは「No worries」とカジュアルな豪州英語で返した。
 
 「食べる順序はどうなんだ?」別のオージーが訊いた。
 わたしはこう応えた。「食べたいものを食べるのでいいんです」
 
 ミセスTは言った。 
 「Tはコンプレックスをバネにしてきたの」

  まぶたを閉じると、未熟な箸さばきで、小皿からこぼれ落ちた寿司ボールが思い起こされた。オージーには日本食へコンプレックスがあるんだ。どう食べたらい いかわからない、どう口に入れたらいいかわからない。そこを気づかせてあげて、自由にさせればいいのだ。どうやらランチのアイデアの尻尾をつかんだ。

 
 all you can eat Japan 6/7 **********************

 SAKURA本店で荷を下して、ようやくお役ごめんとなったわたし は、スコールの中もひとりで待っていたFiatの元に帰った。老車は雨上がりの夜空につやつやしていた。このまま帰るわけにはいかない。後藤と今日のこと を話したかった。2号店のある商業施設の駐車場まで着いた頃、すでに時計は9時半をまわっていた。車のドアを閉め空を見上げると、星明かりで空が群青色に 見えた。突き抜ける希望の色に思えた。街灯よりも星明かりの方が明るいほどだから。

Fiat_125 引用元 

 裏口から厨房に入ると後藤が厨房の片づけをしていた。

 「おつかれ、コバヤシさん!」

 この時間で早くも店じまいか。わたしは彼が口頭で伝えた今夜のディナーの少数の組数に落胆せずに、洗い物を済ませてからちょっと話そうと言った。後藤はうなずくと洗い物と残りの掃除にかかった。

  わたしは厨房の食器棚の扉を開けた。お湯呑み、ご飯茶碗、味噌椀、大小さまざまの和風の皿、小鉢類、全長70cmもありそうな木製の舟形の刺身盛り (SAKURA2号店ではほとんど使われることのないシロモノだ)、塗り箸、ワイングラス、ビヤグラス…。本店から持ってきた品ばかりだ。使えるものもあ るし、使えないものもある。ランチのヒントをやるにはまだ足りない。

 わたしは紙エプロンを一枚取り、ホールのテーブルに腰掛けてそれを広げた。これがわたしの戦略スケッチシート。破けないようにボールペンで店の見取り図を描きだした。

 「何か思いついた?」後藤は両手の水分をエプロンにこすりつけながらやってきた。
 「ちょっと聞いてほしいんだ」わたしはコリコリと紙エプロンに線を引きながら考えをまとめようとした。店舗を上から見て、テーブルを3台ほど壁ぎわに寄せ、その上に◯や□を描いた。

 「なんじゃそれ?」後藤はゲラゲラ笑った。「テーブルに上におでん?」
 「だまれ」
 絵がヘタだといわれようといいのだ。壁際にテーブルを寄せ、その上に取り皿やお茶碗やお椀を重ね、炊飯器をずんと置き、おかずをのせた大皿やプレートを並べた図を描いているのだ。
 「脇に寄せたテーブルの上の、四角や丸のおでんは何?」
 「これは取り皿の丸、炊飯器は二重丸、これはおかず、これもおかず」そんな説明をした。
 「ホント、絵、ヘッタですね、コバヤシさんて」
 そう言われても気持ちが入っているわたしは、後藤のことばを無視して、客席テーブルを描いた。
 「今日のケータリングは、あれこれ食べられる立食パーティだった。寿司、刺身、焼き魚、お新香、茶碗蒸し・・・。楽しそうに食べるオージーの姿を見て、これかなとひらめいた。要は食べ放題さ」
 「ふうん、いわゆるバイキングだよね」
 「そう。器を自分で取る。ご飯やおかずを自分で盛りつける。そうすると日本食に親しみが湧くと思うんだ」
 「親しみが・・・湧く?」
  「うん。オーストラリアの人は、まだ日本食の食べ方をよく知らない。この前のフリーランチでもそう言っていただろう?これ何かな?どうやって食べるのか な?と。分からないから手を出しにくいんだ。だから、日本食のしきたりは取っ払って、好きなものを好きなだけ食べてもらうんだ」
 わたしはエプロンの上に日本食の絵を書き出した。
  「今日のランチは肉豆腐、明日は和風サイコロステーキ、明後日は焼き魚といった感じで、メインディッシュは日替わり、サイドメニューは1週間同じにする。 ひじきや切り干し大根とかお新香とかね。1週間毎日来ると、日本料理ってこんなものだ、日本料理のバラエティの広さ、味の多彩さに気づいてくれるだろ う?」
 「オージーは毎日はこないよ」後藤は苦笑した。「ひと月に1度来るか来ないかの人ばかりなんだから」
 「そうかもしれないけれど」わたしは怯まなかった。「バイキングでいいことは他にもある」
 「何よ?」
 「自分たちでよそうから、ウェイトレスは、料理の説明や水のサービスと後片付けだけで済むからラクになる」
 「それはそうだな。ウェイトレスがどんな味だとか、どうやって食べるだとか、ガイドができるね」後藤は賛成した。
 「うん、食べ方を書いた紙を用意してテーブルに配ってもいい」
 「お箸の紙にあるhow to use chopsticksのように」

  悪くないアイデアだ。だが欠点も見つかった。大食漢ばかりがバイキングにやってくると赤字になる。それはお皿の数をひとつにするとか、盛りつけを一度にす るなどで対応できる。温かいものを提供するのはどうするか。揚げた天ぷらを並べておくことはできないので、オプションで注文を受けようか。お味噌汁も自分 で運ばせるのは危険なので、ウェイトレスの仕事とする。

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エプロンは次第にくしゃくしゃになっていった。単純だが、あんがいいけるかもしれない。

 今日はこれで十分。そろそろ10時半だ。もう引き上げよう。いたずら書きしたエプロンを折畳んで厨房においた。後藤とふたりで裏口から店を後にした。長い一日が終わり、月光が差してきた。それは、いずれ朝日のあかりに変わるさ。

 

all you can eat Japan 7/7 *********************
 
 「本格的な日本食を気軽に味わってもらうランチ、っていうのがコンセプトだから」
 翌日のランチを片付けたあと、麗朱とワンダ、後藤をテーブルに囲んで昨日のアイデアを説明した。
 「all you can eatですね」ワンダが言った。それは英語で食べ放題のこと。
 「フリーランチのときの点心(dianxin)みたい」麗朱も言った。

  「そう、フリーランチのときの小皿と同じ。まずテーブルで注文を取る。おかず3品まで10ドル、4品で12ドルとか量で区別してもいい。お客さんが取り皿 を取り、こっちから好きなおかずを何品かとっていく。それで席につく。お味噌汁はこぼすと危ないから、麗朱とワンダに運んでもらう」
 「料理をよそうのは取り箸ではムリよね」麗朱が言う。
 「そうだな。料理をつかむトングが必要だ」とわたし。
 「サラダとか魚はいいかも知れないが、でも豆腐はどうすんの?」と後藤が訊く。
 「日本料理なのに大きなスプーンですくわけにはいかないわね」麗朱も言いかえした。
 そのやりとりを聞いていて、わたしは昨日のケータリングのときのことを思った。
 「そうだ、オレか後藤がシェフとしてホールに出て、料理をサーブするサポートをすればいいんだ。並んでもらって、これとこれと決めてもらってサーブする」
 「料理を説明するシェフみたいで、かっこいいな」後藤が微笑んだ。
 「大食いが来ても赤字にならないわね」と麗朱も言った。
 後藤かわたしのどちらかひとりが厨房に残れば、足りなくなった料理を足す準備をすることもできる。そうすれば天ぷらや刺身も調理することができる。良いことづくめのように思えた。

 なぜかワンダだけ、ことばが少ないのが気になった。
 「ワンダ、どう思う?」わたしは訊いた。
 ワンダは考え深げに言った。「This is nice idea、だけど…」
 「だけど?」
 「どこか、Nipponがないです」

 後藤と麗朱とわたしは、ワンダをみつめた。わたしが訊いた。「Nipponがないって?」
 「はい。Nipponらしさ、ないです。オーストラリアにもAll you can eatあります。料理は違うけれど、それと似ています」
  彼女が言うにはall you can eatは大食漢のためのものというイメージがあり、必ずしも良いイメージがない。日本食をいろいろ食べられるのは楽しいけれど、どこか違いをつけないとダ メだと。さらにSAKURA2号店のランチは、ご飯、お味噌汁、メインディッシュ、小鉢を別々にウェイトレスがテーブルまで運んでいる。結局それと変わり 映えしないなら、ウェイトレスの労力を削減したことにしかならない。価値もないばかりか、逆にサービス低下だけを印象づけてしまうというのだ。

 わたしは唸り、後藤は腕を組み、麗朱はうなだれた。ダメなのだろうか。わたしは椅子から立ち上がり、店n窓から外を見た。窓枠からの空を見上げると、また昨日と同じような雨雲がやってきていた。今日もまたスコールなのだろうか?

 13  

 ふと昨日、ミセスTが話していたことばを思いだした。

 “こんな雨が降るなら、お弁当にでもすればよかったわね”

 「お弁当があるじゃないか!」わたしは振り向きざまに言った。声が上ずっていた。3人は怪訝な顔でわたしを見つめた。「日本のお弁当箱を使えばいいんだ」ミセスTがどしゃぶりの中、ケータリング料理を運び込むときに、お弁当箱なら濡れないとつぶやいていた。

 わたしは席にもどり、ランチのプランを描いていたエプロンに、新たに四角い箱の線を引いた。中に仕切り線を引いて、仕切りの中にマルやシカクを描いた。
 「コバヤシさん、マルバツ書いてるの?」と後藤が笑った。
 「下手で悪かったな」わたしは苦笑いして、マルバツゲームと揶揄された仕切り線の内側に“rice” “main” “side” “oshinko”などと文字を書き足した。「お弁当箱ならご飯もおかずもお新香もひとつになるじゃないか」
 「オベントウ・・・箱?」ワンダは言った。
 「Lunch Boxのことだよ」と後藤が言った。「ほら本店には幕の内弁当箱があっただろう?仕切りがあって、ここはご飯、ここはおかず、と分かれているボックスだよ」
 「マックゥ・・ノウウチ、ですね」ワンダが思いだしたようだ。
 「ノンノン。マ・ク・ノ・ウ・チ・ベ・ン・ト・ウ。はい発音して」またしても後藤の日本語発音レッスンだ。
 「発音練習は後でいいよ」わたしはそれを遮った。「幕の内なら、内側に仕切りがあるから、どこに何を詰めるか写真でガイドもできる。ここはご飯、ここはメインディッシュ、ここはお新香とね」
 「それはいいです。これならnipponがあります」
 今度はワンダも賛成だ。わたしはほっとした。
 「おかずの場所を2カ所として、メインとサイドメニューを3つ用意すれば、これとこれを少しずつって取れるな。そりゃいいや」後藤も気に入った。
 「ご飯はいっそオニギリにしたらどうかしら?」麗朱が言った。
 「幕の内弁当といえば俵型オニギリだね。あれならオージーも食べやすい。賛成!」後藤がそういうとワンダは怪訝な顔をした。
 「tawaragataて何ですか。わかりません。onigiriはわかります」とワンダ。
 「俵型のオニギリはね」わたしが俵型オニギリの絵を書こうとすると、“コバヤシさんの絵じゃね”と後藤に止められた。不本意だがうまく描く自信はなかった。
 「nipponのお弁当箱に、好きなnippon料理を食べたいだけ食べられる。日本食の種類や食べ方の勉強になるし」と麗朱。
 「お店にもメリットあるよ。あのサイズ以上はたくさん詰められないから、損しない」後藤の言うのももっともだった。
 
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引用元

 「これならSIKII GA HIKUI(敷居が低い)かな、ワンダ?」とわたしが訊くとワンダはうなずいた。
 「はい。much much lower(とても低い)」ワンダはにっこりした。「後藤さん。nippon語でall you can eat、なんていうんですか?」と訊ねた。
 後藤のひと言。「Tabe-hodai(食べ放題)」
 「Tabe-hodai。ランチの名前、それでいきましょう!」ワンダがネーミングを決めた。

 (all you can eat Japanの項、終わり。話しはランチへの挑戦へ続きます)

(続く)

 2008年10月29日から2009年2月10日までの間に掲載した23回分です。

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